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「……」
その腰が曲がった男性は、何も言わずじっとりとした視線を向けてきた。挨拶くらいしたらどうなのよ、と多少腐りたくなるもこれも仕事と飲み込むことにする。
「すみません、私雑誌の記者をやっている者でして!あの、この近隣に、入った人間が軒並み行方不明になってしまう不思議な家があるという噂を聞いてきたんです。高村さん、という方が住んでいたという、三番地にある家らしいんですけど……」
「……な」
「え?」
「とるな」
私の言葉を遮るように。老人は黄ばんだ歯を、威嚇するように剥き出しにした。
「その家が何処にあったか、分かる者はもう誰もおらん。だから俺らが言うことは一つ。“撮るな”。三番地で、写真を撮るな。何処に何が写るかなんぞまったくわからん。だが撮った者は軒並みいなくなる。だから、覚悟を決めてこの土地に住むことにした者は、みんなカメラを持たん。携帯電話の類もな」
何それ、と唖然とする。何が写るかわからない?だから撮らない?――それって人づてに怖い話を聞いて、それを鵜呑みにしているだけではないのか。だって、何が写るのかわからないのに、それを怖がるなんてあまりにもナンセンスがすぎるだろう。
そもそも、カメラはともかくスマートフォンも持たないなんて、現代のご時世をどうやって生きていくつもりなのか。電波も届かぬド田舎に住んでいるわけでもないというのに、なんとも面倒な。
「……それって、どういう意味ですか?」
それでも、なんとか笑みを貼り付けて聞き返してみたが。老人は、それ以上は何も口にしてくれなかった。私の存在が消えてしまったかのように、花壇に水やりを続けてしまう始末である。わけがわからない。大体、そんなプランターの下から漏れ出すほど水をあげてしまったら、かえって花が悪くなってしまうというのに。
――忠告したいなら、もっときっちり具体的に言いなさいよ。それじゃ記事を書くどころか、帰る理由がなくなるだけじゃないの。
私はやや憤慨しながらも、一応頭だけ下げてその場をあとにすることにした。
三番地の範囲を、スマホでもう一度確認することにする。どこからどこまでなのかはっきりしないが、恐らくN地区の西に流れる日本の川と大きな道路で区切られていると見てほぼ間違いないだろう。
あの老人の姿が見えなくなるところまで歩き、角を曲がったところで。私はカメラを構え、ファインダーを覗きこんだ。あとで加工できるとはいえ、歩いている人などが入り込んでしまうと少々面倒だ。何が写るかわからないから三番地で撮るな――なんてことを老人には言われたが、ファインダーごしに周辺を見回しても特におかしなものはない。
シャッターを切れば、何か変わってくるのだろうか。そういえばこれだけの数家があるというのに、さきほどの老人以外に人影を見かけないのはどうしてだろう。確かに、平日の昼間に家にいる人間はそうそう多いものではないのかもしれないが。
――撮った者はみんないなくなる、写真。何が写るっていうの?
知りたい。何が見えるのか、それを撮ったらどうなってしまうのか。
僅かな恐れや戸惑いは、あっという間に一人の記者としての好奇心に塗りつぶされた。元々オカルトの類を信じていたわけでもないから尚更である。
そのへんの家の一軒に向け、ぐ、っとボタンに手をかけ、押し込んだ――まさにその瞬間。
私の
眼に
映 っ た も
の
は。
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