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その日は友達と車で出かけたところだった。
帰り道、カーナビの通りに進んできたつもりだったが、なぜか向かってくる車も後ろからくる車もなくなってしまった。
友達の奈緒はカーナビの地図を凝視し、「合っているのになあ、変だな」としきりにつぶやいていた。
「そのうち太い道でるよ」
花奈は奈緒を慰めた。
しかし、ますます道は細くなる。まばらにあった民家もとうとうなくなってしまった。
「うわぁ、ここ、いったいどこなの?」
奈緒は車を路肩に止めて外に出た。
山奥に来てしまったようだった。
花奈はなんだか薄気味悪いと感じ、「奈緒……早く帰ろう?」と言うが、奈緒は「疲れた」と言って、肩をぐるぐるまわしたりしていた。
「あ、自動販売機!」
奈緒が十メートルくらい先にある自動販売機を見つけた。
「ちょっと買ってくるね! 花奈も行こうよ」
奈緒に誘われて、花奈は仕方なく車を降りた。
奈緒はすでに自動販売機のほうに歩いていっていた。
「待ってよ! 奈緒」
花奈が呼びかけるが、奈緒には聞こえていないようだ。
足もとに白い霧が立ち込めてきた。
やだなぁ。怖いな。
花奈は、一瞬頭によぎる。
まさかね。
「奈緒! 奈緒ってば!」
霧の中で花奈の声が響く。
人影かと思ったら、自動販売機だった。、花奈はほっとした。
もしかすると、もう奈緒は車に戻っているのかもしれない。
わたしも急いで買って車へ戻ろう。
花奈が自動販売機をよく見ると、ディスプレイにあるのは写真だった。
飲み物じゃないのか……花奈はガッカリした。
しかし、ボタンの上に飾られている写真集はとても美しい女性だけだった。モノクロで、どこか儚げで……額に入れて飾りたくなるくらい美しい。
自動販売機の使い方が書いてある小さな紙が自動販売機に貼りつけてあるのに気がついた。
日に焼けたボロボロのちいさな黄色の紙だ。もとは白かったのかもしれない。
「なになに?……お金を入れる。かわる写真を選ぶ。何を言っているのか……わからないけど、出来上がり?」
まあ。いいか。500円だし。やってみよう!
花奈は財布を探る。
あ、細かいのがない……うわぁ、両替できないわ。
どうしよう。あきらめるか。
花奈は恨みがましく自動販売機をみた。
あの髪の長い、物憂げな感じのする、美しい女性の写真が欲しかった。残念……
すると、花奈は交通系ICカード、電子マネー使用できますと真新しい紙が自動販売機に貼ってあるのに気がついた。
やった!買える!
花奈はスマホを出した。
自動販売機から黒い封筒が出てきた。
花奈は嬉しくなって、奈緒のところへ駆け寄った。
「ねえねえ、写真、買っちゃった!」
「あんた、何考えてるの? ジュース売ってたじゃない?」と奈緒に罵られた。
「だって、綺麗な女の人の写真だったんだよ……ほら、ねえ、みてよ」
花奈が見せようとすると、
「こ、これって、あんた、いつ買ったの?」
奈緒は訝しげに聞いた。
「いつ?って……今だけど」
「どこで?」
「自動販売機だよ。ジュースの自動販売機なんてなかったよ。探したんだけど、見つからなかったもん」
奈緒の顔色がみるみる青くなっていく。
「花奈、早くシートベルトして!」
「え? なんで? 一緒にみようよ!」
「いいから!!早く!!」
奈緒は花奈を急がせた。
「貸して、それ!」
奈緒は花奈から黒い封筒を取り上げ、窓の外へ投げ捨てた。
「ちょっと、何するの?」
「いいから……」
花奈は車のドアを開けて取りに行こうとする。
奈緒は花奈をシートに押さえつけた。
「あれ、心霊自動販売機だよ……やめなよ」
花奈はハッとした。
そういえば、どうして奈緒はジュースが買えて……わたしの前だけ自動販売機が写真になっていたの? おかしいよね。
こんな誰も来ないようなところに自動販売機があること自体、そもそもおかしい。
花奈は怖くなった。
奈緒はエンジンをかけるが、かからない。
「なんで……?」
奈緒が車のダッシュボードをガンガンと叩く。
何度かエンジンをかけていたら、ようやくかかった。
奈緒は車を急発進させ、きた道を引き返した。
霧はますます濃くなって、そのうち全く見えなくなった。
でも、奈緒は運転をやめなかった。
ひたすらまっすぐ走らせていた。
何時になったのかも、どこを走っているのかもわからなかった。
奈緒も花奈も黙っていた。
パタと耳元で音がした。
花奈は奈緒の顔をみた。
奈緒の顔が引きつっている。
花奈はゆっくりと助手席側の窓を見ると、写真が窓に貼り付いている。
花奈は奈緒の手をつかんだ。
「ひー」
「キャー」
奈緒が慌ててブレーキを踏む。
花奈はギュッと目をつぶった。
「あ、あ、あ」
奈緒は悲鳴にならない声を上げた。ガタガタと震えている。
何が起きたの?花奈は片目ずつゆっくり目を開ける。
奈緒は震えていたが、怪我はなさそうだった。
「けがしなくてよかった……ね」
花奈は奈緒に言う。
奈緒はカタカタと小刻みに震えながら、右手でフロントガラスのほうを指した。
花奈は奈緒が指すほうをゆっくりと見ようとする。
ダメだ。ダメ。見ちゃダメ。
そう思うけれど、首の動きを止めることはできず、花奈はフロントガラスのほうを見てしまった。
フロントガラスには、写真の女性が髪を振り乱しながらへばりついている。
女はニヤリと笑った。
花奈は「キャー」と悲鳴をあげた。
女はフロントガラスをぶち破ると、騒ぎ立てる花奈をフロントガラスからその白い手を伸ばして引きずりだした。
花奈は恐怖のあまり顔がこわばっている。
来ないで……来ないで……
花奈は立っていられなくなって、道路にへたり込んだ。
花奈は座りながら後ろに下がるが、女はじわりじわりと花奈を追い詰める。
す、スマホは……
花奈は上着のポケットを探る。
緊急電話のボタンの隣に、小さく境界警察現代怪異相談支援課直通というアイコンを見つけた。
いつのまにかこんなの……
花奈は奇妙に感じたが、それどころではない。
女が迫ってくる。きれいって思ったのに、いまは怖いとしか思えない。
「代わって……、ねえ、代わって」
女は花奈にささやく。
花奈は首を横に振る。
花奈は泣きそうになりながら、スマホに向かって「助けて」と呼びかけた。
「はい、こちらバケモノ課です。毎度!」
ずいぶんカジュアルになったなぁ。
花奈は受付の明るい声に少しムッとする。
しかし、そう思っても、声がうまくでなかった。
「助けて……」
花奈は声を絞り出す。美しいと思った女は、いま花奈の前で花奈をジッと見つめている。
「ああ、毎度じゃないですね。3回目でしたっけ。じゃ、やり直しします。はい、お待たせしました! バケモノ課です。あ、ええっと、正式には、現代怪異相談支援課です。緊急ということなので、近くにいる署員を派遣しますね」
スマホからの声が花奈の耳に届くや否や、12歳くらいの女の子が現れた。まだあどけない顔だが、将来美しくなるだろうと予想がつくくらいの美形だ。
「わたし、忙しいのよね……急に呼び出されて、困ってるの。ほんと、人使い荒いんだから……あ、あれね、この辺りで荒らしてるって通報があった、自動販売機」
女の子はフッと笑った。
写真の女はカチンと来たようで、女の子を襲いにいく。
女の子は鬱陶しそうに女を見ると、手を女に向けてかざした。
女は突然襲うのをやめ、後ろに2、3歩退いた。
「や、やめて」
女がか細くいう。
女の子はにこりとすると、「聞こえないわ」と手を女の顔につけた。
女の苦しそうな声が霧の中、響き渡る。
顔からは白い煙がでている。
「もう、しないから……」
女は懇願した。
女の子は一瞬手をかざすのをためらった。その瞬間、女は女の子を押し倒そうとした。
女の子は体勢を整え、足を踏ん張り、「もう容赦しないよ」と呟くと、女が煙になって見えなくなっていった。
花奈は、腰が抜けて立てなかったが、立ち去ろうとする女の子にありがとうと声をかけた。
女の子は花奈を無視して、車の方に行き、写真を確認した。
それから……写真を花奈の方へ投げた。
花奈は震える手で写真を拾った。写真には何も写っていなかった。
花奈は女の子の方を見る。
「好奇心は身を亡ぼす」
女の子はボソッと言って、立ち去った。
*
車の中に朝日が差し込んできた。奈緒はハッと気がついた。
ここは……わたしの車。あれ? フロントガラスが割れてる……事故? あ、あ、ああ。花奈は? どこ? どこに行ったの?
奈緒はあたりを見回した。
い、いない……
奈緒の顔色が変わった。
どこ? どこに行ったの?
奈緒がドアを開けて立ち上がる。
花奈は道路脇にすわっていた。
「大丈夫?」
奈緒が声をかけた。
「うん……まあ、なんとか」
「もうだめだよ、あんな写真買ったりしたら……」
「うん……怒られた」
「ん? 誰に?」
奈緒が不思議そうに聞く。
「……ううん、なんでもない。帰ろう?」
花奈が明るく言った。
「帰ろう。さあ、花奈、立てる?」
「……う、うん」
笑う膝を抑えながら、花奈は立ち上がる。奈緒は花奈に手を差し伸べた。
車はがけの下へ落ちるギリギリのところで止まっていた。
奈緒と花奈は二人でぞっとした。
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