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無言で歩いて、堤防沿いにあるねずみ色の建物に着いた。ポンプ所だ。雨水を貯めて川に放水する役割があるらしい。敷地全体が三角形になっているので三角基地と私たちは呼んでいる。人気がなく緑色の水が溜まっているのでどことなくジメッとして、気味の悪ささえ感じる場所。
お母さんには危ないから近寄っちゃいけないって口すっぱく言われているのに、菊池君はらくらくと柵をよじ登って中に侵入して、足を投げ出してコンクリートに座りこむ。
「誰か来ちゃうよ」
「ここは大丈夫。見回りがこないし施設から目も届かないんだ」
来いよ、と視線を投げられ、思い切って私も侵入した。悪いことをしてしまって、誰か見てないかおろおろきょろきょろ周囲を確認する。誰も見ていない。
「あちー」
夕暮れ時に向かってはいるものの、まだまだ日差しは強く暑い。Tシャツの裾をパタパタ仰いで風を体の中にかきいれているその横に座ってみる。
「夏ってさ、すごく短いよな」
「そう?」
「昨日より陽が短い。風の匂いが違う」
すんすん、と風の匂いをかぐ。言われてみれば、そんな気もする。力強い夏の匂いの中にほんの少しだけ、胸がぎゅっとなる匂いがある。
「でも暑いしプール授業嫌だから、夏なんか早く終わって欲しいよ」
本音をこぼすと何故か笑われた。何がおかしかったのかよく分からず、ヘへヘっと照れ笑いを返してみる。
「ねぇ。棒ジュース、2本あるならちょーだい」
私のお菓子袋に彼の視線が落ちる。
「いいけど……菊池君グレープとオレンジどっちがいい?」
「月島さんはグレープとオレンジどっちが好き?」
菊池君は私をプー子って呼ばない。女子は全員均等に苗字にさん付けだった。理由は分からないけど、人気者の菊池君が女子を名前やあだ名で呼んだりしたら、変なうわさをたてられてしまうからだと思ってる。
「私は、オレンジかな」
「じゃあ俺、オレンジ貰う」
と言って、ビニール袋からオレンジ色の棒ジュースを抜き取っていく。
「えぇー!?」
「だってどっちがいいか聞いただろ」
「そうだけど……」
「そんな顔してるけど、ほんとは嫌じゃないんでしょ? 」
彼の言う通り、好きな方を取られてムッとするどころか、私は菊池君にいじめられて喜びすら感じていた。
「そんなこと、ないよ……」
いつもそうだった。皆のいじわるは大嫌いだけど菊池君のいじわるだけは許せる。それどころか菊池君になら何をされてもいいって思う私は、どこかヘンなのかもしれない。
クスっと笑われる。心の中を見透かされた気がして、恥ずかしくて、うつむきながら棒ジュースをくわえた。歯を立て、小さな穴を空けて少しずつ飲むのが、だいたいの子供たちの共通の飲み方。
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