16.病院

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16.病院

16.病院  目覚めると病院だった。窓を見ると格子が入っている。  目の前に医者と見覚えのある2人の刑事がいた。 「貴方は自分を殺したようです」  若い刑事が言った。 「え?」 「奥さんの話では、以前から金・土は帰らなかったと言っている。  帰ってくると、背広もワイシャツも汚れていたそうだ。  会社のことで悩んでいたらしい。  何かに怯えていたようだったと奥さんが証言している」  中年の刑事が言った。 「しかし、私は、ダンボール生活をしながら、アルバイトをしていた!」  と反論した。 「お前の仲間に聞くと、お前が居るのは土、日だけでいつもダンボールの中に居たそうだ。土・日アルバイトしていたと言うのも、お前の妄想だ!」 「携帯電話にはアルバイト先に電話した履歴が無いのです」  若い刑事が付け加えた。 「あなたは、贈収賄事件の当事者として悩んでいた。警察の影にもおびえていた。  家庭が大事だった貴方は警察に自首することもできず、一人で逃げ出すこともできず、そのストレスが限界を超えてしまった。  貴方はダンボール小屋の男という人格を作って苦痛を回避しようとしたのでしょう。  しかし、ダンボール小屋の男になった貴方は暴走して、サラリーマンの貴方を殺してしまった。  気の毒だと思います。しっかり、治療をしましょう」  と医者が言った。 「公園にはハンマーと、アルミケース、服が埋めてあったね。  あのアルミケースの中には小さなIC録音機が入っていた。  それを再生するとA事務次官とお前の会社の社長、部長の声が入っていた。A事務次官の賄賂を要求する声がはっきり録音されていたよ。  巷では『A事務次官汚職で逮捕』と大騒ぎだ。君のおかげだな」  老練な刑事が言った。 「贈収賄の記憶のないお前を逮捕することはできない」  若い刑事が言った。  私は医者、刑事たちの話しに混乱して頭を抑えた。    医者、刑事たちが部屋を出て行った。  病室は格子付きの窓のあるだけで、一般病室のようなものが一切ない。  壁はコンクリートの壁でも木の壁でもなく、クッションを張ったようになっていて、患者が壁に体当たりや、頭突きをして体を傷めないようにしているらしい。  私は、医師がストレスで、サラリーマンの自分を殺したという説明に納得していなかった。確かに記憶はまだらだが、意識ははっきりしている。  どうして私が、サラリーマンと同じ男と思えるだろう。  医者はサラリーマンの顔写真と私の写真を比較して、同じ顔だと言ったが、もともと、私は自分にそっくりなサラリーマンを見つけたのだ。  警察は指紋もDNAも同じだと言ったが、それも警察の捏造だと思った。  ところが入院して間もなく、サラリーマンの男に苦しめられることになる。    病室の窓には格子がついていたが、窓の外に男が現れた。 「私をつけていたのだろ」男が言った。 「俺はお前なんか知らない」 「お前が俺を殺したのだ」 「お前は殺されたかったのじゃないか?」  私は男から顔を背け窓のカーテンを閉めた。  すると男の声は消えた。4階の病室なので、窓の外に人がいるわけはないのだと言い聞かせた。言い聞かせてた後で、サラリーマンに話しかけた自分に唖然とした。こころが破綻しかけているのかと初めて思った。  それから、サラリーマンの男が公園に埋めた姿で病室の隅に見えだした。男はしゃべらない。 看護婦が入ってきた。 「薬の時間です」 「看護婦さん、男の人がそこに寝ている!」 「何もありませんよ」 私が指さした方を見て看護婦が言った。 その声を聞いて、頭の中で雑音が高まりだして、男の姿が消えた。  男がいつも部屋の隅に座っている姿が見えるようになった。 看護婦に訴えても「何もないです」と言われるだけだった。  ある日、病室のドアが開くと、ドアの先の世界が、深夜の公園になった。周りにはだれも居ない。私が、手探りしながらドアを閉めようとすると、数メートル先に男が立っている。自分の右手を見るとハンマーが握られている。 「俺を殺したいのだろ?」  男が言って振り返ろうとする。私は恐怖で男の頭にハンマーを振り下ろした。血しぶきが私の顔と手を真っ赤にした。私は叫んでひざまずいた。 その声で看護師が駆け付けた。  深夜の出来事だった。悪夢だった。だが、それを夢と認識できなくなっていた。  今、まさに起きたような恐ろしさ、心臓は恐怖の鼓動で高まったままだ。     ある日、公園墓地にいた。墓碑の前で私と妻子が立っている。二人が私を睨みつけた。 「なぜ、貴方は主人を殺したの?!」  妻が私の頬を叩いた。子供が急に泣き出した。  私はすまないと泣き出して、体を壁にたたきつけた。夜ではなかった。白昼夢だった。  白昼夢で、妻子の悲しむ姿を見てから、私は、晩ボール小屋の男はサラリーマンの自分が作った架空の人物だと思い始めていた。  サラリーマンの男を殺しても、それは自分かもしれないという迷いがあって、罪悪感はあったが、発狂するほどではなかった。 しかし、妻子の涙はこたえた。罪悪感がどんどん大きくなって飯も喉を通らなくなった。  私は存在せず、サラリーマンのもう一人の私(男)しか存在しなかったことを理解しようとした。  その晩私は夢を見た。  私は明かりの消えた部屋の中で、80センチ四方の小さな窓の外を見つめていた。誰かが私を監視しているような気がしていた。  窓の外には何もなかった。漆黒の闇だけが広がっている。その闇が生きているように窓を超えて私を包もうとしてきた。やがて、私は闇に取り込まれ、暗黒の中に浮かんでいた。目の前に窓枠だけが残っていた。私は、窓枠に何かが刺さっていることに気づいた。  右手を伸ばしそれを取ろうとした。20センチ位のナイフだった。触れた瞬間に右手が真っ赤になった。「俺を殺したな」男の声が聞こえた。私は恐怖で叫んだ。  その瞬間、目が覚めた。  目を覚まし、小さな窓枠は、私が病院から出ることがないことの暗示なのだと思った。漆黒の闇に包まれる夢は私が私でなくなる暗示だと。  やがて、二人の記憶が融合していくのがわかった。  まるで、辻褄の合わない夢の中にいるような感覚は頭を混乱させ、無気力になっていった。生きている証を確かめたたかったのかもしれない。  何度も壁に頭突きをしたり体当たりをして体を傷つけた。  私は拘束衣でベッドに縛り付けられた。  刺傷はできなくなったが、頭の中まで拘束することはできない。  それから何日、何か月、何年経ったのかはわからない。  私に、新しいF(free)という人格が現れるようになった。  医者の話から、Fは私が潜在意識下で生命維持のため生んだことがわかった。  殺された男は贈収賄事件で会社と警察の内偵の中で怯え、妻子を守るために何の選択もできない臆病な男だった。  その男に戻ることは、贈収賄罪を認め刑務所に入らなければならない。 つらいのは家族が世間からバッシングを受け家を失い家族が露頭に迷う事だ。だから、私は男に戻ることを拒否したのだと思う。  一方、ダンボール小屋の男は、殺人を犯し、罪の意識で精神が崩壊し何度も自死を試みていた。  だから、新しいF(Free)という男が現れたのだと思う。  不思議なことにFの出現により、私は男の霊に悩まされることがなくなった。  ダンボール小屋の男の記憶も他人から聞いた話のような気がしてきた。  いつの間にか殺された男とダンボールの男は、実在ではなく、鏡をのぞいた時に現れる平面の鏡像のような気がしてきた。  
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