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3.もう一人の私
3.もう一人の私
ダンボール小屋を出ると、目の前の川を眺めながら、携帯電話でアルバイト情報サイトを探した。
軽作業で日当7000円のバイトを見つけると、バイト募集会社に電話して、バイト先の会社名、場所と集合時間を確認した。
ダンボール小屋から徒歩10分のところに地下鉄のA駅がある。
バイト先は、その地下鉄A駅から、電車を乗り継いで30分位の所だ。
私は、ダンボール小屋に戻ると、貴重品をナップサックに入れてA駅に向かった。
私は、地下鉄の先頭車両に乗った。昭和2年に開業した地下鉄は道路下に敷設されているからカーブが多い。私はつり革につかまってカーブに身を任せ、運転席の外の景色を楽しんでいた。
10分ぐらい経ってから、後ろから見られているような気がして、振り返った。誰かが私を見ているわけではなかった。車両の上を見上げると、定員は100人と書かれている。通勤時間帯だったが、100人は乗っていないようだ。
今まで、乗客を改めて見たことがなかったが、多くの人がスマホを見たり、降車駅を確認したり、新聞を見たり、化粧を直している。恋人や、友人と話をしている者もいる。
私は安心して踵を戻そうとしたが、網膜の残像が僅かに遅れて脳の中を駆け巡り、一人の男の顔が再生された。
まさか? 私は、頭の中で再生された男を確認しようとしたが、男と目を合わせることに怖気づいてしまった。私は、車窓を介して後方の男を見た。
身なりのよいサラリーマン風の男だった。男は後方10メートル位のところでスマホを見ている。
私は心の中で唸った。なぜなら、男の顔が私にそっくりだったからだ。
私は自分が恥ずかしくなった。
男は整った髪型で高級そうなスーツを着て、高級そうなバッグを持っているが、私の服装は、よれよれのトレーナとTシャツ、折り目のないズボン、履き古した皮靴だったからだ。
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