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6.男の自宅はどこだ
6.男の自宅はどこだ
私はビルを出ると夕方まで時間をつぶした。
夕方、会社に戻り1階にある商談用の円卓で男が仕事を終えてエレベータから降りてくるのを待った。クレジットカードをまた翳して、警備員の前を通過する自信はなかった。通過できたのは運がよかっただけだと思った。
男がエレベータから出てきた。
男は仕事を終えた解放感や仕事に充実しているといった顔ではなかった。無表情だ。こんなに大きな会社で仕事をしているのに、なんでそんな顔しているのだ! と私は思った。失くした仕事の未練なのかもしれない。私は男に間違いなく嫉妬している。
私は、再びマスクを付けて、男の後を追った。
男が地下鉄の入り口を降りて行く。
男は改札を通過するとホームに立った。
私は男から離れて、別のホームドアの前に立ち、目が合わないよう背を向けた。
この距離なら、男を見失うこともないと思った。
電車に乗ると後ろを向いたまま車窓のガラスに写った男の姿を見つめた。
電車に乗って30分、ドアが開き、男が乗客と一緒にホームに降りると、改札に向かっていく。
男は改札を出ると、地上に出る階段を上り始めた。
私も男を追いかけて階段を上がろうとした。
その時だった。階段を慌てて下りてくる二人組の若者とぶつかってしまった。
私は、二人を無視して男の後を追おうとした。すると、二人が、「どこ見ているのだ!」と言いながら背中を掴んだ。私は慌てて踵を返し「申し訳ない」と言って頭を下げた。だが、二人は収まらない。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。それに二人組だ。勝てるわけがない。私は、階段を二段飛びして駆け上がった。
地下鉄の出口は、商店街に繋がっていた。
男を見失ってしまった! 男はどちらの道を行ったのか? 息が荒くなり、額から汗が吹き出した。もしかしたら、さっきの若者たちが怒って追ってくるかもしれない。『今日はここまでか』と思いながらも、右側に走った。
すると、男が前を歩いている。
私は慌てて走るのを止め、腰をかがめ靴紐を縛るふりをして息を整えた。そして、男から10メートル位離れて歩きだした。
10分程歩くと、駅前の繁華街を過ぎて男は薄暗くなった公園を斜めに横切った。午後8時を過ぎていて、公園の中に人影はなかった。公園の中には池があった。立ちり禁止の立て看板が池の傍に立ててある。意外と深いのかもしれない。
公園を抜けると、男はまた通りを歩き始めた
男の歩調は変わらない。私は改めて几帳面な男だと思った。
5分位経って、男は家の前で止まると、ドアフォンのチャイムを鳴らした。
新築の2階立てはモデルハウスのような洋館だった。
玄関の戸が開くと奥さんと、五歳位の女の子が出迎えた。
男は無表情だった。出迎えた妻にカバンを渡すとドアの中に消えた。追うように、妻と娘がドアの中に消えた。
私は男の家族に対する対応に怒りを感じた。美しい奥さんと、かわいい娘さんにあんな態度はないだろう。私なら、『ただいま。今日は何か変わったことなかったか?』と言って子供を抱き上げて家に入る。私は男の妻子が自分の家族のような気持ちになっていた。
3人が家の中に消えると、私は、表札の名前と住所をメモした。メモしながら、なぜ男を追ってメモしているのかと自問した。単なる好奇心を超えた行為だ。明日はどんな行動を取るのか? 自分でも怖くなった。もし、この情動が爆発したら。メモの手が震えた。
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