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9.犯行
9.犯行
私は建設会社のビルに行くと、1階にある商談用の円卓で、男が降りてくるのを待った。
午後9時、男がエレベータから出て来た。
男はかなり疲れた顔をしている。
午後10時近かった。公園内は所々に街灯があるが、とても暗い。人影はなかった。
男は10メートルほど前を歩いている。私は尾行しながら、夢を掴むか、公園生活に戻るか葛藤した。惨めなダンボール小屋の生活に戻りたくないと思った。
男を襲う場所に近づいた。私は隠し持っていたハンマーを右手で握った。凶器を握るとためらいは消えた。人間は凶器を持つと冷徹になれるのだと思った。
その時だった。男が歩くのを止めた。
「前にも後をつけていましたね」男が振り返らずに言った。
男はやはり気づいていたのだ。何故警察に連絡しなかったのか? 腕力に自
信があって、私を痛めつけるつもりなのか?
「何の話だよ。俺は帰り路が同じ方角なのだ」私はとっさにハンマーをコートに隠すと虚勢を張って乱暴な口調で言った。
男は振り返らない。
「俺を殺したいのだろ?」男の声に力がなかった。怒りも感じられない。
「何言っているのだ。バカバカしい。帰り路が同じ方向……」と私が再び言うと、男が振り返ろうとした。
私は、慌てて隠していたハンマーを男の頭にたたきつけた。男の顔を見たくなかった。同じ顔をしているのだ。自分で自分を殴り殺すことになる。目を見たら失敗するに違いないのだ。
頭蓋骨が陥没する鈍い音がした。ハンマーを通して、理不尽な行為に、男の怒りの声が腕に伝わってきた。
男は前のめりで倒れ込んだ。 私は震えていた。
ハンマーから手を離そうとしたが、手が 硬直して中々離れない。
早く男を隠さないとまずい! 早く、着替えろ! 頭の中で叫んでいる。
私は、倒れた男を茂み引きずり込むと、男のYシャツ、背広、ズボンを脱がして着替えた。
男の上着の内ポケットに硬いものがある。内ポケットを探るとアルミのケースだった。私は、それを男の傍に捨てた。
男は背広を脱がされ、月明かりで白い長シャツとズボン下の姿になった。地位も名誉も想像できない哀れな男が横たわっている。男はまだ息があるかも知れない。救急車を呼べば、男は助かるかも知れないと思った。だが、もう一人の私が、男を早く埋めろ、公園から早く逃げろと囁いた。その声で私は全てを土の中に隠蔽した。
男の姿が土の中に消えたころ、私は雨に打たれたように大汗をかいていた。
私は人が通らないか不安だった。
息が荒いまま駅前に走った。
心不全が起きないか不安だった。
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