6話/烈風の鬼・前編

7/9
前へ
/210ページ
次へ
 6. 燃える森。八重と紅鳶が始めに戦った場所。  火の粉が舞い、視界を奪う白煙が立ち込め、あっという間にその領域を広げていく。  為す術もなく森が燃え尽きる。かのように思われた。    急に灰色の雲が空を覆い、日が陰る。  雫が一滴と、雨の匂いが風に乗ってやって来る。  と、思った瞬間、激しい突風が森を吹き抜ける。  木の枝がしなり、弱い木の葉は全て吹き飛ぶ。それが止むと、今度は水をひっくり返したかのような土砂降りの雨になる。  しかし、その雨も数分で止み、何事も無かったかのように太陽が顔を出す。    その荒々しい天候の変化によって火は完全に消えていた。    「……ったく、こんな何もない場所で山火事起こしゃーがって。  鬼神様はこの通りお怒りだぜ?」    変声期を終えたばかりの少年の声。  その声の主は木の上にいる人型の何かだった。太い枝の上で足を広げて寝そべっている。 ***  煙の立ち込める森の中を馬が全力疾走する。  そこには八重と珠が乗っている。  八重は珠を庇うように膝の間に座らせている。肩に峰を担ぐようにして大太刀を片手持ちし、険しい顔で後ろを振り返る。  後ろからは鬼形態に変化した紅鳶が追いかけて来る。  体長は人間の3倍近くあり、筋骨隆々な四肢と虎のような体毛があった。  丈夫な四肢が力強く地面を蹴り、森の木を薙ぎ倒しながら跳躍する。  「やっぱり駄目だよ!八重ねえ!  相手がアイツじゃ!」  珠が叫ぶ。  「大丈夫、絶対助ける……!」  八重は穏やかな声で囁く。  今度は怒りではなく、守りたいという闘志が彼女の瞳と髪を発光させる。  (都のいろは達の援助も直ぐには期待出来ない。鷹で文を送る間もない。)  そうこうしている間に、馬は深い谷に差し掛かる。  断崖絶壁に縄の吊り橋がかかっているのが見える。  「いい、珠ちゃん?  この先の山道を道なりに。後はこの子が都の五暁院まで連れて行ってくれるわ。」  八重はそう珠に手綱を握らせると、馬から跳び下りる。  「八重ねえ?!」  吊り橋の入り口で、八重は迫る紅鳶を見据えて構える。  そして、馬が吊り橋を渡り終わるのを横目で見届けると、縄を斬って橋を落とした。  珠は後ろを振り返る。  八重と紅鳶の姿は森の茂みに隠され、既に見えなくなっていた。      (八重ねえ、怪我してるのに……!  いくら強くても死んじゃうよお……!)  珠は手綱をギュッと握った。  しかし、嘆いたのも束の間。  耳に、鼻に、背筋に、角と角の間に、「何か」を感じ取る。  (この感じは……!)  珠は馬を別の経路に走らせる。    森を抜け、開けた場所に出る。  日に反射してキラキラと輝く水面。  その河原の岩場に佇む、クセ毛で黒髪の少年鬼。    二人の鬼に、他の余計な情報は入らない。  珠はその少年の栗色と黄金の左右非対称な瞳の色を、少年は珠の瞳だけを見つめた。    「お前、鬼か?」  夜光は閉じ気味の瞼を少しだけ開き、静かに構える。  「て、何だガキじゃねえか。とっとと穴にでも帰んな。ぺっ!」   カムナが舌を出して挑発する。  珠は夜光から視線を外さず馬から降りる。  「……微かだけど、父上の、酒呑童子の匂い!  お主が、わらわの『兄上』……?」    「酒呑童子……!おいガキ、何故それを?!  それに、あ、『兄』だあ?すると、おめえ……んぐもっ!」  夜光はカムナの口を塞ぎ、言葉を遮る。  「俺は、お前なんて知らない……。」  「今は、それでもいい!力を貸して欲しいのじゃ!  兄上は強いって父上が言ってた……!」  「……俺は人間しか助けない。」  ずっと睨み付ける夜光。珠は嘆願する。  「お願い、八重ねえを助けて!!怪我をしてて、人鬼と戦ってるの!」  夜光はその名前に反応し、態度を改める。  「……八重?  そいつ、髪が長くて、デカい刀を持っているか?」  「う、うん!知ってるの?!」  「何処にいる……?!」  「この川のずっと上流!」    夜光は直ぐに黒い鬼に変化した。  光沢のある黒い体が輝き、雲のような銀の髪が揺らめく。  カムナは白い髪を肩に巻いて携帯する。  (黒いし、他の変化した鬼より小さい。  でも、照りがあって綺麗……。)  珠はその姿に暫し見惚れていたが、我に返る。  「八重ねえが心配なの、わらわも連れてって!」  「おいおい、ガキのお守りなんて……、んもげっ!」  夜光はまたカムナの口を塞ぐ。  「じっとしてるならいい。捕まってろ……。」    夜光は珠を小脇に抱える。  そして、川の水面に出ている岩肌を蹴って、どんどん上流に登る。  (これが兄上……。父上と匂いが似ている。)  珠は夜光の顔を盗み見る。  夜光もまた、脇腹から伝わる珠の温もりに思いを巡らせた。  (兄だの妹だのよく分からないが……、こいつの言うことが本当なら、俺の親父の事を聞き出せるかもしれない。)
/210ページ

最初のコメントを投稿しよう!

81人が本棚に入れています
本棚に追加