9話/鉄籠の鬼

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6.  大江曽城・地下ーー。  丸石で囲まれた牢屋らしき部屋の中央に、獄鬼数十匹と人鬼や下っ端の天鬼までもが何かを囲んでいる。全て雄だ。  中央にいるのは紅鳶と、八重だった。  八重は猿轡(さるぐつわ)をされ、天井から垂れる鉄鎖で両腕を何重にも巻かれ、吊るされている。両足首も同様に鉄鎖で縛られており、身動きが取れない。  「っん!ふっ!!!」  八重は髪を群青色に発光させ、身じろぎして暴れるが、鉄鎖は彼女の腰より太く巻かれているので鬼の腕力を出してみてもびくともしない。  周りの鬼達は下品な顔で嘲笑い、焦る彼女を鑑賞する。  後方の入り口には赤鐘が立っている。  その隣に陽光。元実が動けない為、赤鐘を手伝いながら長について学ぶように言われたのである。  陽光は複雑そうな顔で八重を見る。  (この娘は夜光と一緒にいた子じゃないか……!  という事は角狩……!)  憎い相手の仲間とはいえ、男に囲まれ嫌がっている少女を悪く思う事は出来なかった。  つまらなそうに腕を組む赤鐘。  「……とうとう捕まえましたね。  この可愛いお嬢さんのお陰で、どれ程番が狂った事か……。この血の力を知るまでは色々可笑しいと思いましたよ。  えーー、言うまでも無いですが、有益な情報は全部吐いて貰います。」  そこで挙手して声を上げる紅鳶。  「私めは此奴にどデカい貸しが有りますうぅ!この紅鳶にお任せをぉ!  他にも、こいつにたぶらかされた上に、血を体にぶち込まれて死んでいった鬼達は数知れず!彼らもそれ相応の制裁を求めているでしょうし、そうしてやる事が上司の務めですぅ!」  面頬で口を覆っていても顔がニヤついていているのが分かる。また、低い声でウフフと笑うので非常に気持ち悪い。  「術使えばそんなまどろっこしいのは必要ないのに。物好きのやる事は分かりませんねえ。ま、そういう低俗な手法は、それに相応しい貴方達に任せます。  ……それと、貴重な研究対象ですから傷付けないように。」  赤鐘は踵を返して退出する。  それを合図に嬉しそうに声を上げる紅鳶。  八重の頬を撫で回し、舐める。顔をしかめる八重。  「鬼には激ヤヴァの猛毒だから、血は流させるなぁ?!  ……出血させる以外は何しても構わん、ぐっふふううぅ!」  素肌に身丈に合ってない小袖を着ているだけの為、首や胸元が見えており、その肌の色白さが目立つ。  裾や襟、手足を掴み、ベタベタと触れてくる下鬼達。  「んっぅっ!!!!」  相手を射殺す勢いで睨み、鉄鎖を激しく揺らして暴れる八重。内心怯えながら、それを堪えて強く振る舞おうとする姿が痛々しい。  陽光は口に手をやって吐きそうになる。  「……うっ……!」  目が緑になっている為、八重の心を読んでしまったと思われる。  部屋の外で寄りかかっている赤鐘が声を掛ける。  「そういえば陽光様はこういう拷問を見るのは初めてですか?  通常、女性の鬼の捕虜はこちらから丁重に対応して側室のご提案をしてあげるのが筋ですし、無理もありません。  ま、弱虫の人間が考え出したくだらん遊びですよ。」  「ぃっ!……っ!!!!!」  八重の叫び声が大きくなる。目をぎゅっと瞑り、泣き出しそうなのを堪えている。   反面、それを楽しそうに笑い続ける鬼達。体が拒否しても、相手は気分を良くして攻めて来る。  陽光はその場に蹲って吐いた。無意識に目から滝のように水も溢れ出す。  (大きな影が自分を見下ろして、怖い……!触れられる度、腹から全身が冷えて、胃が押し潰されて気持ち悪い……!!  頭がおかしくなりそうだ……!)  「生意気な顔が可愛くなって、大変いい眺めだぁっー!!  だが、俺の口の奥に血をぶち込んでくれた礼にはまだまだ足りんからぬぁ?!」  彼女の帯に手を掛け、自分の股引きの股部分を開こうとする紅鳶。  その時、陽光が歩み寄る。  笑い声がやみ、騒つく獄鬼達。  陽光は咳払いして、険しい顔を作る。  「その娘が気に入った……。  私の部屋に連れて行く……。」    陽光らしくない台詞にキョトンとする紅鳶。  「えぇ?  あ、でも、ま、まだ、まだ何もできてないんですけどぉ……?」  陽光の髪が水草のように広がる。  「……聞こえなかったのか?  次期・酒呑童子の私に逆らうとは良い度胸だ。その身をもっと醜く汚らしくして欲しいのか?」    「いえいえぇ!滅相もないぃ!」  「嘘が下手ですね……、陽光様。  無駄を省いてくれて感謝ですけど。」  外でボヤく赤鐘。    鎖を外した瞬間、八重はいい様にされた怒りで我を忘れて暴れた。  獄鬼や紅鳶に掴みかかって殴り倒したり、局部を蹴り潰したり、鬼子母神そのものだった。  泣き叫んでいるのか吠えているのか区別が付かない声を上げ、返り血で血塗れになる。  数分も立たず血の海になる部屋。  身を寄せ合って怯えながら部屋から逃げ出す獄鬼達。  「お、落ち着け!もう誰も何もしない!」  陽光はそれをどうにか羽交い絞めにして連れていく。    陽光の部屋。  「何かちゃんとした服を……!  それから血と泥を落として身を清めてやってくれ……。」  陽光は侍女達に命じて八重の身なりを整えてやる。  支度が出来た後、取り敢えず侍女を追い出す。    寝巻き姿で寝台に座って身を丸くしている八重。まだ震えていた。  「さあ、もう大丈夫。  部下の無礼を許してくれ……。」  いつもの優しい口調で近寄る陽光。    「っぅ!!」  真隣に座ろうとした時、八重は陽光を押し倒す。手に持った簪の先を彼の首に向ける。  歯を剥き出しにし、まだ泣いていた。  「ま、待て!さっきのは演技だ!家臣達の前で可哀想だと言う訳にはいかず、仕方なくそうしたんだ!  本当に君をどうにかする気は無い!」  どうにか落ち着かせ、二人は距離を保ちながら寝台に座る。  八重は腫れぼったい目を髪の隙間から覗かせ、小声で話す。  「ごめんなさい……。  助けてくれたのは感謝するけど、角狩衆の仲間を殺したのだから完全には信用できない……。」  「それはお互い様だ。分かっている……。」  「会った時、夜光の様子が変だったけど、貴方はあの子の知り合いなの?」  陽光は自分の身分と夜光との関係、今までの思い出、先日の戦いで夜光を殺していない事を話す。  (元実の息子……?この、綺麗で大人しそうな男の子が?  いやでも、あの変化した姿や怒った時の凄い覇気を見れば納得できる……。)  「それで……、貴方は友達の夜光をどうする気なの?」  「……分からない。正直、どうしたらいいのか分からないんだ。   ただ、角狩はもう許せない……。私も、何もしない弱い自分を変えるべく……手を汚さないといけない。  だから、君の事も……どうしようか悩んでいる……。」  瞼を重そうに半分閉じ、篠笛を握る陽光。  (萩ノ助さんを奪った朱天鬼達を許した事はなかった……。  でも、夜光や珠ちゃんと同じく、何だかこの子にも……怒りをぶつけることが出来なくなってしまった……。  今まで私のやってきた事は何だったの……。萩ノ助さんの死は……。  何をどうすればあの悲しみは途切れるの……?)  八重はやり場の無い気持ちになり俯いた。 ***  城の入り口。 開門した状態で長年放置され、濃く苔むした古い門。その内側に立つ鬼達。 赤鐘を先頭に、東雲、紅鳶、その後ろに天鬼や人鬼、獄鬼、餓鬼が総勢500匹。    陽光の従者になる為に来ただけの万耀、家老の大志摩までもが駆り出されている。  「あ、あの東雲の姉さん。何が来るんすか?」  キョロキョロしている万耀と、自分よりも大きな山犬を抱っこしている東雲。  「それは今、赤鐘が話す。役に立て『まんぼう』。」  「万耀(まんよう)っす……。姐さん。」  一方、大志摩は着物の襟を開いてビリビリと破いて上半身裸になる。老体とは思えぬ、ハリと艶のある強靭な肉体であった。  「若い者にはまだまだ、あと100年位は負けませぬぞ。」  城近くの隠し穴から岳鬼までぞろぞろと出て来る。  肩に乗っているのは、茜色の髪を片結びにした少女鬼。  都の戦いで兼十に闘牛鬼をけしかけた人鬼・茜だった。  「白妙様が亡くなって、天鬼の血筋を元人鬼だった紅梅・桃花様に継承させたのが、今度は紅梅・桃花様から私がそれを受け継ぐだなんて……。天鬼になっちゃうとか、責任重大ーー!」  そのせいか左のこめかみにある一本角の他に、右にも小さな角が生えていた。  (それでも、死んだ美濃太郎の分まで頑張るんだ!私があの子の為に出来るのはこれしかない……。)  赤鐘は顔をしかめて手を打つ。  「満身創痍の所あれですが、総出撃行きますよ。  なぜなら、すんごい速さで『例の青鬼』がこっちに来てるからです。  ……元実様や緋寒様をあんな姿にした奴ですから、気を引き締めるように。」  (さあて。  元実様も出る気ですが、変化する所まで追い込まれるとまた薬で暴走状態にならないといけない。  そうなると地下居住区に結構大きな被害も出る……。だから正直、今回は寝ていて欲しい所。  そこで貴方です。陽光様。  貴方の世継ぎとしての仕事はもうとっくに始まってます。  私が予想できない位もっと面白く化けるか、それとも親を越えられない暗愚として終わるか……。  見せてご覧なさいな。)
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