9話/鉄籠の鬼

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7.  大江曽城から2キロ離れた森の中。  夕暮れ時で辺りは暗く、視界が悪い。  その暗闇の奥深くでチカッ、チカッと短く光る何か。  それは稲光であり、同時に雷鳴が轟く。  閃光が放たれた時、その周りに無数の塊がいくつもあるのが一瞬見える。  獄鬼や変化した人鬼の死体だ。  死因は重度の火傷、内臓破裂、複雑骨折。皆、原型を留めていない体に黒く雷のようなギザギザ模様の火傷跡がある。  音と光が止み、茂みから姿を現す変化した青い鬼。  筋骨隆々の酒呑童子よりも四肢が太く、特に背筋や腕周りなどの上半身の筋肉が発達している。群青色の硬化した皮膚には所々雷のような模様が入っている。  彼の足下には真新しい黒焦げの死体が転がっていた。  彼は二瀬渓谷の戦いで八重と夜光が川に流されて退場したその直後に現れ、緋寒、元実を含む赤鬼を蹴散らした青鬼・『蒼』である。  そこに木々の葉をざわめかせ、幹や枝を荒い木片に変えながら現れる新手。  変化した天鬼が2匹。朱天鬼だ。  角狩衆などの城への侵入者を阻む見張りでもある。  朱色の硬化した皮膚に、一匹は細身で高身長、もう一匹は中肉中背である。  「おい。俺たちは獄鬼のようにはいかんぞ。」  「誰よりも高く昇る暁の天鬼、朱天鬼の力を見せてやる!」  構える朱天鬼の見張り達。  彼らは蒼の様子を見定めつつ、周囲を回ってジリジリと迫ってくる。  だが、蒼は仁王立ちで腕を下ろしたままだ。少しも戦闘態勢に入っていない。  哀愁や虚無を感じさせる黄金の瞳を細め、低い声でボソボソと話す。  「お前達のこの戦いに意味はあるか?」    鬼にとって戦いの意味を問うなど、生きるのに何故息を吸うのかと問うようなものである。  朱天鬼の見張り達は怪訝そうな顔をする。   「はぁん?気取ってんじゃねえぞオラァ!」   「これだから青鬼って奴は……理屈っぽくて頭痛がする!」    蒼はもう一度問う。今度ははっきりとした声だ。   「お前達は何の為に、誰の為に戦う?」  「知れた事!朱天鬼の繁栄のために己の肉体をぶつけ砕き合うのが我が道よ!」  細身の見張りが答える。  すると、蒼はホッとしたように息を漏らした。  「そうか……。『俺と同じ理由』じゃないなら躊躇いなく殺せる。  お前達個人に恨みはないが、死んでくれ……。」  蒼は両拳を顔の前で構えた。  虚無の眼差しに細く光が入った時、鋭い刃のような殺意が放たれ、見張り達は一瞬背筋が凍った。  だが、その恐怖に負けじと走り出す。  中肉中背の方が両腕に鬼火を纏う。  蒼が仕掛ける前に炎の棍棒のようなそれを何度も叩きつける。  (赤鐘様の報告を聞く限り、こいつは最初に打たせたら負けだ!  打たせる前に、息も吐く間もなく打ち続けろ!!)  両腕を立てて顔や体の中心線を防御する蒼。腰も使って柔軟に、しっかりと攻撃を受ける。  首の側面や横腹などにも炎の腕が絶え間なく叩き付けられているにも関わらず、彼は少しもよろめかない。  がっしりとした断崖絶壁のような身体が相手を見下ろし、立てた腕の隙間から、瞬きのない眼光を覗かせて鋭く射る。  腰の動きと足捌き。反撃の兆しーー。  遂に蒼が拳を打つと思ったその時、頭上から細身の方が飛び降りてきた。  蒼の両腕を掴んで倒立する。  「上がお留守だ!キザ野郎!!」  勢いを止めないまま中肉中背の方に反動をつけて跳び、蒼を僅かに前屈みによろめかせる。  蒼の腕が顔や首から離れたその一瞬、助走をつけた中肉中背が彼の首をぶん殴った。  太い焼きごてのような腕が前首に巻き付いて食い込む。  油に着火したように蒼の身体が一瞬で大火に包まれる。    彼のこのぶん回しは、普通の鬼ならばこの一発で首をへし折って飛ばしたり、良くて呼吸困難と脳死に追い込む。おまけに鬼火の衣は亡骸の火葬までしてしまえるのだ。  だが、蒼は一瞬で持ち直した。  首を殴られたと同時に中肉中背の腹に、曲線軌道の突きをねじ込む。  中肉中背は電流を流されたかのように一瞬痙攣して突き飛ばされ、着地したばかりの細身の鬼と衝突する。  突出してしまった眼球を白く濁らせ、痙攣と共に口から黒い煙と血を吐きだす中肉中背。  皮膚は白くなり、いつの間にか黒い雷模様の火傷も出来ていた。  反射でビクビクと動くのみで、既に死んでいる。  細身の鬼は仲間の死に歯軋りする。  (雷の拳を打つというのは聞いていたが、それだけじゃ無い!  身体を白く燃やして破壊するこれは、まるで角狩が使う浄化の力……!)  蒼は腕を下げて歩み寄る。構えを解いても角や腕にバリバリと閃光が走っているのが恐ろしい。  立ち上がる寸前の細身の首を両手で掴んで吊り上げる。  「『角の無い黒髪の若い娘』をさらったはずだ……。  あの子を返せ……!」  「やはり、角狩の仲間か……!  返して欲しくばてめえでなんとかしな……!」  「そうか……。」  蒼は悲しそうな顔をすると、即座に下顎へと拳を突き上げる。  骨が砕ける音と白い閃光。  同時に落雷が発生。  落下する細身の鬼。体に白と黒の焦げ模様を浮かべて死んでいた。 それを中肉中背の隣に優しく寝かせ、駆け出す。  「今行く。八重……!」 ***  大江曽城・陽光の寝室。  陽光は伝令の鬼から城の外の様子について報告を受けていた。  「何、父上や赭を傷付けた青鬼が?!  赤鐘が動いたなら私も……!」  陽光は動き易い野外着に着替え始める。  以前は戦いと聞くと一歩後ろに下がっていた陽光だが、今は不安そうな顔をしながらも積極的に動こうとしている。  しかし、伝令はそれを止める。  「それが、元実様の代わりに城内で最大限に出来る事をと赤鐘様が……。」    机に向かい額を押さえて考え込む陽光。  (赤鐘達が束になっても難しいのだから、私が一人増えた所で無駄という事か……。  そして大勢いで攻めて失敗に終わった時、それを聞きつけた他の赤鬼が弱みに付け込んで反旗を翻す事も考えられる。  どうすれば……。)  伝令は続ける。  「あと、青鬼は『角の無い黒髪の娘』を差し出せと要求しているようで……。」  陽光の寝台に座り、黙って聞いていた八重。  (『角の無い黒髪の娘』が私だとすると……もしかして、その青鬼は……!?)  ハッとして立ち上がる。  「何処へ行く?勝手に出歩いたら危ないぞ!」  腕を掴んで引き留める陽光。  「お願い放して!行かなきゃいけないの!」    必死そうな八重を見て、陽光の瞳が緑色に光る。  八重の心の焦燥が陽光の中に流れ込む。  『まさか……お父さん……!?  それ以外に私を助けようとしてくれる青鬼なんてもういるはずない……!』  (父親……だって?  なら、この娘を上手く返してやれば青鬼は引き下がるやも。  ……だが、相手の武力に従ってただ差し出すだけでは負け死ぬと同じ恥ずべき行い。  それに、この娘の血は鬼には危険過ぎる……。再び放ってはいけない……。)  その時、陽光の中で何かが閃いた。しかし、それは少々残酷でもあったらしく彼は後ろめたそうな顔をする。  いきなり八重の腕を引いて自分の懐へ引き寄せる陽光。  驚く八重。しかし、それは正気を失った顔になる。  見ると陽光が八重の腹に拳をねじ込ませていた。  気絶して彼の胸に寄り掛かる八重。  陽光は八重を横抱きにして何処かへ駆け出す。  「巫女殿はいるか?!至急案内してくれ!」 ***  微睡の中、八重は妙なものを見た。  血文字だらけの紙札で目を隠した薄着の女。それが何かを唱えながら自分の着物を脱がし、鉄鎖を巻いて身動きを取れなくさせている。  そして盃から赤い液体を飲まされた時、再び気が遠くなった。  それから数十分後だろうか。体に妙な感触を感じて目を開ける。  「ん……。」  初めに目に入ったのは血の赤。次に人間か獣か区別の付かなくなった真っ赤な無数の死体。  「いやっ!!!!な、に?!」    薄暗く、血で満たされた円柱型で深さのある石牢。八重はそこに肩まで浸かっていた。 むせるような血の匂いと死臭。表面をヒルや蛆のような極小妖怪が泳いでいる。  気持ち悪さに急いで出ようとするが、縛られていて身動きが取れない。  そして一番驚く所はそれでは無かった。  ふと、真後ろから寒気のような妙な気配を感じて振り返る。  「気が付いたか。……我が子が惚れ込んでた小娘よ。  俺の体を温める為にここに入れられた訳ではなさそうだが?」    そこにいたのは、同じく裸で血に浸からされている男の鬼。  断ち切られた片方の角、無い片腕、朱色のクセの髪に隻眼、不敵な笑みーー。  青ざめ、声が出ない八重。  (しゅ、酒呑童子っ!  まだ生きて……!!!!)  緋寒は何も気にせず、八重をじっとりと見つめ話し続ける。  「我が妻と同じくらい良い女……。そしてあの面白い群青の鬼と同じ匂いがする……。  だが我が子は俺への憎しみよりもお前への情愛を選んで戦ったからな。正直お前には嫉妬している。」  緋寒は首の付け根から腹へ斜めに入った大きな傷に触れる。  夜光に大太刀の角で斬られた傷であるが、ほぼ両断されてたのが塞がっていた。それでも肌の大半はまだ薄く半透明で、白い霜のような組織に覆われていた。蒼に殴られて出来たアザも残っている。  「所で、この水槽は浄化の毒素を中和する。  だから鬼の血を浄化出来るお前が入ったら……どうなるのだろうな?」  怒りを感じていないのに八重の髪が濃く群青色に染まり、瞳が黄金になる。  彼女は激しい自分の中で荒れ狂う何かと、激しい動悸を感じて恐怖した。  何が起きてるのか理解できず、頭が真っ白になった。  「いやっ、出して……!  いやっ……。いやあああああああーーーーッ!!!!」  天井まで恐怖に満ちた悲痛な叫びがこだまし続けてから暫く、八重の声がピタリと止んだ。
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