9話/鉄籠の鬼

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10.  夜光と蒼は途中で冠羽の村に寄り、冠羽や村人の弔いをした。  その後そこで別れた。  「俺が都に入れば周りに迷惑がかかる。  娘や角狩に異変があったら直ぐに駆け付けるので一先ずここで……。」  夜光は一人で山道を下る。  夜が明けても空は灰色でスッキリしない。おまけに薄く朝霧が立ち込めていた。  腰巻きをしているだけなので、肌寒さに自分の腕を抱く。  「カムナ……、寒い……。」  そう言って、首に手をやろうとして、カムナの髪がないのにハッとする。  「そうだ……、カムナとはぐれたままだった。  でもきっと百之助達と一緒に都に帰っているはず。」  夜光は暫く一人で歩き、風の音や獣の声がいつもより大きく聞こえる気がした。  (……一人ってこんなに静かなのか。)  癖で何度も首に手をやってしまう。  そしてようやく開けた場所に出て都の外壁が見えた時、安堵した。  八重や負傷した木次郎が大丈夫か心配もする反面、心のどこかで皆がどんな顔で出迎えてくれるか、色々想像して心が弾んだりもしていた。  だが霧の中を門に向かって進む時、それとかけ離れた異変に気付く。  「会ったことの無い人間達の匂いが沢山……。それに、鬼が混ざっている……?!  しかも、こっちに向かって……!!」  霧の中、小さく光るものが6つ見下ろしてくる。変化した3匹の鬼の目だ。    空を裂く音。  渦巻く霧の中から出てきたのは爪ではなく、旋棍(トンファー)だった。  丸太のように太くて、しかも鉄製だった。    「っ!!」  後ろに避ける夜光。  背後にも接近してきたので、更に2回横飛びと側転で回避する。  (傷が治ってない上に、血が足りない。変化が出来ない……!  でも、やるしか!)  夜光は目を見開いて、瞳孔を細くして睨む。    風で霧が流される。  彼の前に立っていたのは灰色の鬼達だった。角が短めで、髪は白い。  彼らは露出の少ない分厚い鉄の甲冑に身を包み、人間では持てなそうな重い金棒や鉄板のような武器を持っていた。  (見た事ない種類の鬼だ……!何で人間みたいに着たり、武器を使う?)  鬼と言うのは己の肉体の強さを見せる事を好むので武器を使う事など無い。また、権力の象徴として鎧を着飾る事はあっても、戦闘時や変化する時にはそれを脱ぐ。  順々に囲んで間合いを詰めてくる3匹。夜光はそれぞれ順番に身体を向けて構える。  (それに……鬼と人間の匂い!八重と初めて会った時にも似た変な感覚……。)  「まさか、お前も半鬼か?!」  1匹が両手それぞれに持った旋棍で仕掛ける。  相手は長さ違いの2本角をもち、顔全体に皮をはいだような傷があった。  旋棍が半円の軌道を描く。裂かれた霧が踊り、土煙が舞う。  得意の素早さで避け、相手の背首に乗る夜光。  だが、急に目眩がして体のバランスを崩す。  それを逃さず、首根っこを両手で掴んで引き寄せる相手。     「おまぇ、顔に皮があるんだなぁ。半鬼の癖に母さんか父さんに引っ掻かれた事ないのか。愛されてないんじゃなぁい?」  中性的な少女の声。怠そうな話し方である。  「こ、いつ!」  首を掴まれ、危機的な状況。足だけで首に組みついて脱出を試みる。  その時、馬の蹄の音と人の足音が近付いて来る。  「双方そこまで!  シィ、キュウ、ジュウニ……下がれ。」  野太く、腹に響くような凄みのある声。    甲冑を纏った側近らしき十数人の兵達の奥から、大きく赤く光沢のある派手な何かがやって来る。  頭から爪先まで、厚い甲冑に身を包んだ男。  顔は目以外は面頬で隠し、兜には鬼の角を素材とした鍬形の飾りがある。覗き穴から垣間見えるのは何事にも動じぬような猛者の眼力だった。  「御意……。虎継(とらつぐ)様。    ちっ、面白い所だったのに。」  舌打ちして夜光を離す旋棍の鬼。面倒臭そうに、他の2匹と共に甲冑の男の後ろに控える。  虎継と呼ばれた男は後ろにいる誰かに話しかける。  「いかがだったかな?我の『甲武鬼兵(こうぶきへい)』達は。  我が軍は人間相手は勿論、将来の大江山決戦に備え、鬼への対策にも力を入れてきた。その中で従順な鬼を配下に置く事を思い立ち、捕獲した鬼と人間を交配させて、人工的に半鬼の兵士を作り出す事に成功した。   通常の鬼より皮膚の硬さや腕力は劣るが、それは鎧・武器を装備させる事で補えた。  こんな分厚く重い装甲は人間では不可能でも、半鬼共なら纏っても機敏に動ける。」    「ええ、見事でございます。」  話し掛けられていた優男が前に出る。  何と百之助だった。更に後ろには射貫、斗貴次郎の姿もある。  「百之助!」  夜光は駆け寄ろうとする。  が、虎継の側近達が一斉に夜光の首へ長槍を向けて来た。    百之助は険しい顔で言い放つ。  「おやめ下さい!彼は味方です!」  虎継が命じて兵を下がらせる。  「夜光、こちらに近づかず、そこで話すんだ。」  「百之助……?」  百之助は不安そうな夜光に向き直り、薄く微笑む。何処か疲れ切ったような、何か気まずそうな暗い表情だった。  「先に鷹で報告は聞いてた……。  八重共々、本当にあの状況から生きて帰って来てくれてありがとう。」  言い終わって笑顔をフッと消して下を向く。  夜光が何か言おうとしたのを遮るように、虎継は顎を弄りながら話す。  「で、これがお前の『犬』か?」  「おい!」  突っかかろうとする射貫。  黙ってその肩を掴んで止めさせる百之助。  「その子は……!」  やや大きな声で言い、耐えるように口をつぐむ百之助。穏やかな口調に戻して続ける。  「……夜光は半分鬼ですが、人の道を行き、純粋な志を持って守ろうとする子であり、私達と対等です。いや、それ以上に酒呑童子に勝った英雄です。  虎継様。」  虎継は気にせず続ける。  「だが、激戦の中で暴走を起こして手がつけられなかったのだろう?躾が甘いと見える。  今後は我に従順になるように調教するとしよう。」  本人が知らぬまま話が進むので、夜光は話を遮った。   「百之助、どういうことなんだ……。俺を襲ったそいつらは仲間なのか?」  俯いたままの百之助。   「この方は『武石虎継(たけいし とらつぐ)』様だ。  先日、大江方面以外の領地、ほぼ天下を治め、帝の詔を受けて将軍となられたお方だ。    そして鬼門省及び角狩衆は……東の『天竜の国』、武石家の傘下に入った。  それにより夜光、お前は彼らの兵として管理される事になった。  ……これ以上、私が命令出来る事は無い。彼らの元で一生懸命働くんだ。」  夜光は目を閉じたまま合わせてくれない百之助に向かって叫ぶ。  「百之助!安心できるこの場所で、守る為にお前達の為に戦った!  でも、こんなことをするって事は、俺は……お前達を怒らせるような間違いをしたのか?」  直ぐに悲痛の表情で首を振る百之助。  「違う!違うのだ……!    お前は本当に良くやってくれた。お前がいなかったら渓谷の戦いは敗北に終わっていた。  しかし、私はもう君の主では無くなってしまった!何も、してやれないんだ……。  ……すまない。」    見かねた射貫が叫ぶ。  「夜光!百之助はな……!」  百之助は止めさせ、首を振った。  「……許されようとは思わない。」  「待って……!せめて聞かせてくれ!  八重は?!」  「八重はいろはの手を借りて地下の晶洞で休んでいる。無事だ。」  絶望の中の光。夜光は安堵の笑みを浮かべる。  「いつになったら、良くなる?いつになったら会えそうだ?」    「八重はもうあそこから出れない……。  生命維持の為に、一生あそこで床に伏せる事になる。」  「それでも、あ、会わせてくれ……!」  「言ったはずだ。  私に権限は……ない。」  「カ、カムナは?帰って来てるよな?」  「いや……。珠姫と共に連れ去られたと聞いた。」  「そうだ!木次郎は?!酷い怪我をしていた!  あれから……どうなった?」  百之助は目を開き黙り込んだ。震える唇を噛む。  後ろの斗貴次郎も拳を握りしめて震え出す。  「都に到着して直ぐ……。  ……亡くなられた。」  「っ!!!!」  言葉を失う夜光。  「お爺様……っ!」  堪えきれず、袖で顔を隠して何処かへ走り出す斗貴次郎。  夜光は渓谷の戦いの最中、父の血を飲んで暴走し、彼に傷を負わせた。  その時の肉を裂く手の感触を思い出し、背筋が凍りついた。  息を殺すように嗚咽する斗貴次郎の声が遠くに聞こえ、思考を麻痺させる。  「では、見物は終わりだ。連れて行け。」  虎継は淡々と兵に命じる。   思考が追いつかず、体の力が抜けた夜光。兵は物を扱うように肩を持って運ぶ。  「待ってくれ、せめて彼にもう少し説明する猶予を!」  百之助は嘆願する。だが虎継がそれを引き止めた。  「頼光殿は引き継ぎの仕事が山程あるはずだ。早くこちらへ。」  肩を掴む兵の一人が言う。  「柱とも言えるかなり重要な技術者だったようだし残念な事だな。ウチに引き抜き出来たら良かったのに。  さあ、行くぞ。」  身動きが取れないまま連れて行かれる夜光。  久しぶりの五暁院。その目に懐かしい景色や情報は入って来なかった。  ただ、暗い眼差しで見ては気まずそうに目を逸らす角狩の隊員達の視線が痛かった。  着いたのは牢屋。  入る前に何か酒のようなものを飲まされる。  体が鉛のように重くなった時、牢屋の奥に投げ入れられる。  鉄格子の鍵が閉まる音。  連れて来た兵は皮肉混じりに言う。  「なあに、毒じゃねえよ。お前が暴れないようにするための特殊な薬湯さ。ウチの半鬼達にも良く使ってる。  実験か次の出撃があるまで大人しく待機してろよ。」  兵が去り、地面の上に横たわったままの夜光。  起きれないのもそうだが、それよりも起きる気力がないのだ。  百之助達と出会って嬉しかった事と、先程された態度、自分に刺されても叱咤激励をしてくれた木次郎の顔。それらが頭の中をグルグルと回る。  天井近くの小窓から昼の光が入ったり消えたりする繰り返すうちに夜になる。  よく眠れず、静止したかのような膨大な時間の中、また朝がやって来る。  しかし、目の前の世界は何も変わらない。  夜光は温もりを求め、何度も首に手をやった。震える声で呟く。  「首が……寒い。  カムナ……。八重……。」
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