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夜光が落ち着いたのを見て、改めて姿勢を正す百之助。
「……こんな失敗した俺に。」
「いや、違うんだ……。謝らなくてはならないのは私だ。
全てを説明できないまま引き剥がされてしまったし、改めて説明しよう。
君の居ない間に何があったかを。」
ーー二瀬渓谷の戦いの後、私は知らせを聞いて早馬で都に戻った。
射貫達が防衛戦を終えた後、東の覇者・『武石虎継』が大軍を率いて上洛して来たんだ。
まず武石家について説明しとこうか。
彼らは東の信濃にある『天竜』と言う地域を治める大名であり、父親の武石晴虎の代から天下統一の為に勢力を伸ばしていた一族だった。
武石家は元を辿れば前の将軍家・葦賀の遠縁にあたる。
だから天下統一した際にはきっとそれをダシに次期将軍にさせてくれと帝に詰め寄って統治権を手に入れるだろうとは予想していた。
しかし、そうだったとしても、鬼門省や角狩衆はあくまで人外に対処する為だけの独立した組織。
人間の争いには介入しないと神仏に誓いを立ててる為、人間の戦に巻き込まれて命を奪われる事は今までもなかった。人間の身で私達を無意味に殺める事は、神仏に盾突くに等しいからね。
だが虎継は角狩衆に関心を示して、ある提案を持ちかけてきたーー。
屍の片付けが続けられる都の郊外。
そこには赤いのぼり旗を持った具足姿の兵15000が駐留していた。
旗には菱形の家紋が描かれ、旗を通している棒の先には鬼の頭蓋骨が飾られていた。鬼の背骨と頭蓋骨を丸ごと旗にしてるものもある。
門前には幕で囲った本陣が設置され、その中では将の虎継と百之助が床几に座って対談していた。
虎継は具足よりも露出のない赤い甲冑を着込み、百之助は帰って着替える間も無かったのでクシナダの鎧のままだった。
そして虎継の家臣は相撲取りのように胴の太い甲冑の集団、百之助には射貫と兼十が控えていた。
百之助は毅然とした態度で望む。
「つまり、大江の赤鬼を根絶やしにする為に、武石の名の元で戦えと。」
虎継は軍配を顎に当てながらゆったりと構えている。目しか生身の部分が見えないので、鉄塊と話をしているかのようだ。
「難攻不落の大江の地を手に入れてこそ真の天下統一となる。
鬼を倒す志はそちらと同じだと思うが?」
「対鬼武器の提供と研究機関の解放、研究資料の共有、隊員の貸し出し……。あまり喜ばしくない。」
「だが、見返りに膨大な資金や人員は手に入る。酒呑童子の変以降、そちらが散々悩んでた事が一気に解決するのだ。
……それにその氷のように美しい鎧も気になる。是非着てみたいものだ。」
虎継は良い女を見るかのように、クシナダの鎧を視線で舐め回す。
鎧から幽体のオミナが現れ、「あんたみたいな男なんか嫌い!」と言わんばかりにベーっと舌を出す。尚、虎継には彼女は見えない。
百之助は少し考え、頭を下げた。
「残念ですが、お断り申し上げる。
普段民にしてるように、ある程度の情報や物資の提供は無償で致すが、
我々はあくまで独立した組織として志を果たしたい。
それに……、我々は今、赤鬼を迎撃して勢力を広げないようにはするが、住処を奪って根絶する事までは考えてない。」
顎を撫でて残念がる虎継。
「そうか。
ならば、そちらが活動資金を得る為に内密に行っている貿易を禁じなければならないのだが?」
「!!」
百之助は悟られまいとするが、薄く冷や汗が出る。
(本国で賄えきれない弩の部品や鬼退治に必要な薬品、朱刀の塗料になる岩石の輸入。鬼・妖から採れた素材の輸出。
帝と僅かな関係者しか知らない事を、何故知って……?!)
ふと見ると、虎継の側に宮比が控えているのが見えた。
(まさか、宮比!!お前なのか?!お前が情報を!!
鷹文の鷹を管理するお前なら確かに可能だが……、長い間共に戦って来たのに今更何故!?)
射貫も同時に勘付き、宮比に詰め寄る。
「姉御、嘘だろ!裏切ったのか?!」
宮比は何食わぬ顔で百之助に薄く微笑む。
「全く、最後までお前はお人好しだな。百之助。そこが堪らなく可愛いのだが。
元々私は先代頼光・波綱に仕えるその裏で、鬼と角狩の動向を真の主に伝える密偵でもあったのだよ。そしてその主とは晴虎。今はその息子・虎継だ。」
「何てことだ……!」
「ふむ、これでもダメか?
頼光殿の協力で多くの民が救えるというに。」
虎継はちらっと外壁の上を見る。
すると武石の弓兵が火矢を放った。
都内から民の悲鳴が聞こえ、煙が上がる。
「か、火事だー!!!!」
百之助は虎継に詰め寄る。
「今、内部に火を放ったか?!
民が密集している場に、そのような事をしたらどうなるか、お分かりになられないのか?!」
呑気に首を回す虎継。
「ああ。そうだな。
戦火から守る為とはいえ、頼光殿があんな狭い所に押し込めて不自由な思いをさせた民があそこにいて、今更に地獄の苦しみを味わおうとしているな。」
「何を悠長に!」
「少しは冷静に考えられたらどうか?
我々と協力をすれば毎回あんな苦肉の策を用いて鬼と戦う必要もなくなるのだ。
そして民をもっと簡単に安全に守れるなら本望ではないか。」
そこへ射貫が割り込む。人は殺してはいけない決まりなので槍は捨てる。
「いい加減にしろ!鎧に籠った亀野郎!!
皆で傷付いて、時には自分の命を犠牲にして必死こいて守った人命だ……!
なのに交渉の為だけにそれを見せしめで簡単に殺すようなアンタに従えって?!そんな道理があるかよ!」
掴み掛からんとする射貫に家臣が動くが、動じず続けさせる虎継。
「そうだ。
これは小さな犠牲に過ぎない。戦と鬼に脅かされない千年、万年と続く太平を築く為の手順なら、我は大地の汚れを取り除くが如く躊躇なく殺める。」
「……納得いかねえ!
こちとらなあ、鬼のぶん殴り方を知ってんだから、人間をのすぐらい朝飯前なんだよ!かかって来い!」
殴りかかろうとする射貫を兼十が羽交い絞めにする。
「射貫殿!悔しいが、怒りで暴力を振るっても意味はない!」
百之助は間に入り、苦渋の表情で頭を下げた。
「虎継殿、直ぐに火を消してくれ。
これから帝と話をしてくる……。」
「よいぞ。楽しみにしている。」
虎継は面頬の下でしたり顔をする。
項垂れながら陣を出る百之助。嘲笑う武石の兵。
それを見て噛み付こうとする射貫を兼十が抱き上げ必死で宥める。
ーー帝と大臣達との緊急会合を経て、結果は今の通りだ。
騒ぎが収まったものの、角狩の立場は大きく変わってしまった。
ここで断っていたらこの先どのような妨害に遭っていたか分かったものではない。しかし、後の夜光の扱いや、権力をチラつかせた横暴な振る舞いを見ると、この決断が正しかったと断言できない。
そして、悪い事と言うのは重なるものだな。
その夜、落ち着く間も無く今度は木次郎様が亡くなられた。
都に運んで看護した隊員によると、都に着くまではいつもの調子で皮肉混じりの冗談を言って、そんな素振りを見せなかったそうだ。深い傷の割に本当に元気そうに見えたらしい。
だが、着いてから斗貴次郎に会った後……、孫の彼女と少し話をして安心したように息を引き取られた。
渓谷にいた時も既にいつ死んでもおかしくない傷だった。あの方の事だ……最後まで、全部、気力で踏ん張って動いていたんだ。
私は会合の終わりに危篤だと呼ばれ、急いで寝床に駆けつけたが、間に合わなかった。
斗貴次郎は亡くなられたばかりの木次郎様の前に座り、泣くのを堪えてこう言った。
『お爺様に誓って、もっと僕自身が強くなって、沢山考えて、皆んなの役に……!
そして、今度は僕が命を懸けて百之助様を……!』
私は思わず斗貴次郎を抱きしめ、こんな事を言っていた。
『もう、誰も……私の為に、命を懸けないでくれ……。』
至らないばかりの自分が情けなかったんだ。
一通り話し、額に手をやって顔を隠す百之助。
「木次郎様は、私の研修時代からの命の恩人であり、頼れる大切な先生だったんだ。これまでだって木次郎様の知恵がなければ到底やってこれなかった。
ご老体だから戦に出向けばいつかはと覚悟していたのに、いざ立ち会うと、こんなにも不安で落ち着かなくなる……。
既に実の両親も、先代の波綱様も失ってるというのに、何度来ても慣れないものだな……。
こんなんじゃ、また、怒られてしまう……。」
夜光は百之助の弱々しい声に居た堪れなくなる。
「やっぱり、俺は……。」
「いや、違うんだ。お前が責任を感じる事はない。
木次郎様は戦いの中で最後まで責務を果たし、後悔なく逝った。これからの私達を浄土から見守って下さる。夜光お前の事も……。
だから、私達が出来る事はちゃんと民の為に角狩の務めを果たす事だ。どんな逆境の中であっても……。」
その時、番兵が話を遮る。
「頼光殿、昼飯の時間が終わる。戻られた方が良いのでは?
ふふふ、虎継様から逃げたネズミと笑われたら気の毒ですからなあ。」
「すまん、お前の処置については何とか取りやってみる。
また来るから、もう少し辛抱してくれ。」
百之助は牢屋を後にした。
再び一人になる夜光。
だが、今度は後悔でなく、この状況で何が出来るかに思考が変わっていた。
窓からの一筋の光が、黄金の片目に当たる。
(信用できない人間に何かされたとしても、罪を犯した俺をまだ受け入れてくれる人間がまだ近くにいるのなら……考えなきゃ。
こんな俺に出来ることはまだあるかを……。)
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