9話/鉄籠の鬼

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12.  大江曽城・元実の私室。    その薄暗い部屋の隅で、女人鬼が着替えている。  東雲だった。  普段は男の忍びのような格好をしているが、その下は凹凸のある女らしい体付きであり、腹筋や四肢、尻は筋肉質だった。  彼女はいつもの格好で部屋を出る。  入り口の直ぐ隣の壁に赤鐘が寄り掛かっていた。  「東雲、元実様のご様子は?」  「良くなってきている。あまり傷に響かなくなった。」  東雲は淡々と答える。  「あ!ちょっと、こら!」  赤鐘はまだ乱れている彼女の襟に触れ、丁寧に着付け直して形を整えてやる。  されるがままの東雲。男の赤鐘に体を触れられても無表情だ。赤鐘の方も東雲が女だと気を遣っていない。彼らが人鬼であり、人間としての生殖能力を無くしてるせいなのか、元実と言う同じ血の主人をもつ者同士の信頼なのか分からない。  「もうー。別に天鬼が自分の人鬼で何しようが、誰も何も珍しく思いませんが、わざわざ見た者があれこれ想像するような格好で歩く事もありません。」  赤鐘は口を尖らせる。眠そうに聞く東雲。  「ほらほら、後ろ寝癖直ってませんよ!!厠(トイレ)は!?忘れ物は!?」  「……お前は私の母親か?」  無表情でボソッとツッコミ。  肩を落とす赤鐘。  「誰かさんが少し抜けてるせいですよ!  全く、世話の焼ける妹を持った気分です。」  「どっちかと言えばお前が弟だな。」  「ど・の・口・が言いますかっ。」  赤鐘は東雲の口の端を摘んでグイーッと引っ張る。意地悪されても無抵抗な東雲。  「じゃ、行きましょうか。」  「ああ。」  赤鐘は東雲と共に何処かへ向かった。   ***  夜光が檻の中で百之助と再会していた日の晩ーー。  大江曽山・南部。  谷川から少し離れた場所にある森林。  球体が幾つも密接したような岩場にシダなどが繁茂する。  その岩場に地面ごと掘ったような形の洞窟がある。  その周りに全身黒装束に身を包んだ人間達が数十人ーー。  角狩衆・貞光隊だ。  皆、木の上や茂みにバラけて待機している。短めの朱刀と弩に手を掛け、いつでも動き出せる構えだ。  側には宮比の姿もある。  髪は下ろし、裸に手甲と履き物だけを装備して、その上に紫の打掛を羽織っている。  彼女は虎継との関係を黙っていたので裏切り者ではあるが、彼女の任務への姿勢は前と変わらない。  隊員達も不満はあれども、彼女の実力は熟知しており、情報の移り変わりや君主の交代は常にストイックに考えるようにと彼女に教え込まれている。  そして普段は単独で動く貞光隊達が、この赤鬼の勢力圏に集まっている理由ーー。  それは大江方面に偵察に出ていた隊員の一人から「大江曽城へ続く抜け穴を発見した」という報告があったからである。   酒呑童子の生存については一度捕まった八重から報告があり、最近の蒼の襲撃で守りも手薄になっているので、虎継達から「今のうちに弱った童子を暗殺しよう」と言う声が上がった。  そして今、何人かに侵入経路を事前調査させていた所に当たりを引いたという訳だ。  ただ、今まで鬼の知覚や厳重な包囲網で人間では侵入不可能だったのが、蒼の襲撃の後とはいえすんなりと事が進んでいる為、罠を想定して慎重に複数で望んでいる。  洞窟から連絡を寄越した貞光隊の男が出て来て叫ぶ。  「宮比様!こちらです!  八重の言っていた血の石牢らしき場所まで続いています!鬼の足跡や途中休憩した痕跡もありますので、奴らの隠し通路に違いありません!」  宮比は木の上から降りず、何かを待つ。待機中の隊員も同胞の彼に弩を向けている。  洞窟の男は懐から朱紙を取り出し、自分の息を吹きかけ、それを掲げて見せた。色は変わっていない。  貞光隊の決まりで、重要な任務で隊員同士が合流する際は自分が人間に化けた鬼でない事を朱紙で証明することになっている。  邪気で腕の風車が回ってない事も念入りに確認し、弩を下げるように合図する宮比。  (何も言わずとも決まりをこなした。  そして、連絡を寄越したのは古株の彦六……。奴の実力なら本当に経路を発見していてもおかしく無い。  当たりか?)  「では中を案内して貰おうか?  閉所での同士討ちが想定される。付いていくのは私とあと二人だけにしよう。」  宮比と隊員は洞窟の奥を進んだ。  真っ暗闇を松明一本で照らして進む。一本道ではあるが、大人二人が並んで歩くには狭く、天井は鍾乳石がぶら下がっていて頭を少し下げなければぶつけそうであり、奥も深い。  5分程進み、やがて広い空間に出る。  同じような岩場が広がり、やたらに進むと迷いそうだった。  「ここに獣の小骨や腹わたなどが落ちていて、鬼が食事をした形跡がありました。」  指差す彦六。目を凝らす宮比。  「どれだ?」  「そこに見えませぬか?」  その時、暗闇の奥深くから生ぬるい風が吹いた。風の音は人の呻き声のようで不気味だった。  警戒する隊員達。  腕の携帯用の風車が回っていた。  宮比は極楽琴の仕込み刃を抜いた。  「私が殿(しんがり)をやる。お前達は先に外へ!」  暗闇からヒタヒタと静かな足音がやって来る。  鬣のような朱色の髪と閉じ気味のだるそうな目、中性的な顔、不敵な笑みーー。  何の前触れもなく、酒呑童子・緋寒が強靭な肉体を晒して立っていた。  「っ!!!!」  隊員達は暗闇に浮かぶ眼光と一瞬目が合っただけで気が狂いそうになる。  「目を合わすな!!鬼術にやられん内に行けっ!!」  怒号を放って正気を戻させる宮比。直ぐに出口へ走り出す隊員達。  置いていった松明に照らされ、八重歯を見せる緋寒。光の加減で歯の鋭さが際立つ。  宮比は眼帯をしている方の目に触れる。そこは酒呑童子の変で緋寒に目玉を喰われており、以来空っぽである。  恐怖の対象であるはずだが、彼女は目から殺気を放ったままニイッと微笑んでいた。    「こんなにも早く『本命の男』と再会できるとは……。」  一方、先に出口に向かった隊員達。  「おかしい!外がやけに明るいぞ!悲鳴も聞こえる!」  洞窟を出ると、そこは幾つもの炎が燃え盛っていた。  闇夜に火達磨になって転げ回っているのは待機していた隊員達である。    「何やってる!妖用の火消し布を使え!」  彦六がそう言って腰の装備品袋から布を出す。  しかし、燃える隊員は朱刀を手に彼に切りかかる。  「鬼術で操られているとして、術返しの鏡は……ええい、効かなかったのか!」  切りかかってきた彼の額には赤い鱗模様があった。  彦六は刀を受けながら瞬時に悟った。  「……やられた!罠だ!  宮比様を守りに戻……!!」  そう言いかけた彼の腹に何かが突き刺さる。  長い爪と銅色の硬い皮膚ーー。変化した鬼の手だ。  手は隊員の背後に出来た影から伸びていた。  「ご名答ですよん。  いやあ、『城への抜け道があると言う幻』を見て騙された上、『幻術で見せた洞窟』へ隊長さんを案内してくれてありがとうございました。 」  影に潜んだ鬼・赤鐘は楽しそうにそう言った後、絶命した彦六の体から腕を抜いた。
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