9話/鉄籠の鬼

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 一方、緋寒と渡り合いながら入口を目指す宮比。  「違う……。  私の知っている貴様の気迫と恐怖はそんなものではない。    ……まさか!」    大鎌の斬撃のような蹴り。岩陰に隠れてやり過ごす宮比。  すれ違い様に、朱紙付きのクナイを飛ばす。  紙は緋寒の皮膚に軽く当たり、濁った朱色に変化する。  「この色は人鬼……!  貴様は酒呑童子じゃないな!」  宮比は琴爪で極楽琴を引っ掻く。  緋寒の偽物が音で怯んだ隙に一気に外へ駆け抜ける。  外へ脱出するも、生き残りはいなかった。  隊員は黒いカスと骨だけになり、その骨も火鉢の中の炭のようにまだ赤く燃えている。  「……やられた。」  宮比は氷のような静かで重い憎悪の目を細めて呟く。  洞窟から飛び出す緋寒の偽物を避けて、空中後転で木の上に上がる。  下を見ると偽物の姿は緋寒ではなく、鱗に覆われた蜥蜴のような女の鬼に変わった。変化した東雲である。  「やっぱりな。あらゆる道具の反応をすり抜けられた辺り、かなり特殊な幻術と見える。  さっさと殺しに来なかったのを見る限り、私の生捕が目的か?」  東雲は風をつんざく鞭のような回し蹴りを放ち、宮比のいる木を粉砕する。  宮比は打掛を脱ぎ捨てて木の屑を払い除け、裸を晒した状態で極楽琴を構えた。  素肌の胴体には血で孔雀明王の梵字が描かれている。  「ふん。雌鬼で、しかも忠誠心の強い人鬼ともなれば、私に欲情しないし、懐かんだろうなぁ?」  「お前みたいな盛った雌犬、大嫌い……。用が済んだら体を切り刻んで餓鬼に喰わせて、そいつらの糞便にしてやる……。」  東雲は一歩で大きく距離を詰める。  体操でもするように、腰や足、全身を柔軟に動かして逃れる宮比。  速さは東雲に勝ってはいないものの、頭から爪先まで相手との距離感を正確に読んで、触れられないように瞬時に体勢を変えていた。  体と体の距離が近いのに、捕まえられないと言うのは不思議だった。  その後の蟷螂の鎌のような蹴りや追尾からも逃れる。  やがて僅かな隙を見て、東雲の耳先を順手持ちの仕込み刃で切り裂く。  耳からジュウッと音がし、紫の煙が上がる。    「次は耳穴の掃除が良いか?」  人差し指を艶かしくクイッと動かして煽る宮比。  「……っ。  ……ころす。」  ややドスの利いた声を出す東雲。  このまま宮比が東雲を追い詰め仕留めるかと思われたその時ーー。  宮比の足が何かに取られる。   「流石隊長さん。頼光さんと虎継様に仕えているだけありますねえー。」  謎の声。  宮比は丁度木の影の下にいた。  濃紺の影から生えている銅色の手。  「!!」  振り切る間もなく、泥沼のようになった影の中に一気に引きずられる。  「下へご案内でーす♪」  真っ暗闇の中での急降下。  耳元でグチャグチャボコボコと雑音が数十秒続いたと思ったら、急に視界が明るくなる。  見えたのは歪みだらけのガラスだけで構成された四角い部屋の中。ガラスの外側はドロドロした赤や黄金のマグマが流線模様や渦巻を描いて動いていた。  宮比は冷静に着地する。  「また幻術か。」    「やれるのは影のある所とか真っ暗闇とか限定ですけどね。」  向き合った相手ーー。赤鐘はいつもの人間の青年のような姿ではなく、変化していた。  銅色に輝く硬い皮膚に覆われ、筋肉量は東雲や夜光と比べるとかなり少なく細身だ。  そして他の変化した鬼はほぼ裸体に近いのに対し、彼には陣羽織を着ているかのようなヒダ飾りがあった。水を跳ね返しそうな、蛙の皮膚に似た光沢がある。  宮比はこの得体の知れない空間でも戦闘体勢を止めない。  「幻術ならば、お前を殺せば解ける。  極楽琴で浄土の音を聞かせてやろう。」  赤鐘は足を揃え、後ろで手を組んで立っているのみだ。  「もう無駄ですよ。  あの洞窟に入った時点で貴女の事は大体わかりました。  『アレ』が好きな事も……。」  「ぅあっ!足がっ、焼ける!」  宮比の足首に赤い鱗模様が浮かび上がって発光する。  赤鐘がここに引きずり込む際に掴んでいた箇所だった。  鱗は足以外の全身にも急に現れ、全身を覆った。  宮比は痙攣してその場に倒れる。口を鱗で塞がれて息が出来ず、呻く。  「洞窟の東雲と遭遇した場所に、体内に入り込む系の術を漂わせておいたんですけど、東雲の邪気と重なって気が付かなかったでしょう?」  (くそっ!体の感覚が無くなって力が入らない……!)  鱗は彼女の眼帯の中にまで入り込み、目玉が無い眼窩を通って脳へ入り込む。    赤鐘は蜥蜴人間のような姿になった彼女の顔を覗き込む。  「そうそう、隊長格の精神力を折るには相応のものが必要だったので、貴女の中に『元実様』を注入しました♪  これで作戦終了です。」  真っ暗だった宮比の視界に、龍のように鬣を揺らめかせる大鬼の姿が映った。  変化した元実だ。本体ではなく魂の分身のようなものだ。  『角狩と、前から目を光らせていた武石虎継とやらの事……。  貴様の記憶から情報を洗いざらい貰うとしよう。』  元実は一口で彼女をつるりと飲み込む。赤紫の舌や喉など、彼女の視界一杯に彼の口の中が映る。    (やめろ!  ……あっ!ぁあああぁっ!ああっ!!)    『ふん。緋寒なんぞに欲情してたとは……卑しい女め……。  人間如きが魔に見惚れたせいで、貴様には神仏の加護などとっくに無いようだ。或いは初めから信仰などして無かったのか?  まあ、どうでもいい……。  餓鬼のように死ぬまで利用してやろう……。』   ***    先程の洞窟の前ーー。  変化を解いた赤鐘と東雲、仰向けで失神している宮比がいた。  元から裸だった宮比はともかく、東雲まで服を脱いでいた。  しかも宮比の全身から蜘蛛の糸のようなものが無数に伸びており、それは東雲の全身に繋がれていた。舌とも繋がっており、二人の口の中からも糸が伸びている。  赤鐘は目玉から足が生えた蜘蛛のような小さな生き物を手にしている。  「東雲、鬼蜘蛛で神経は繋ぎ終わりました。準備はいいですか?  頑張ってくださいよ。」    「ああ。問題ない。」  東雲は無表情で宮比の隣に寝そべる。  そして、自分の血の主に準備が出来たと念じた。  角に響く元実の声。  『東雲、必要な情報は流した通り。  他の赤鬼に知られてはならない極秘任務だ。頼んだぞ……。』  ふっと、目を閉じて動かなくなる東雲。  代わりに目を開けて体を起こす宮比。  「仰せのままに。  我が主、元実様。」  その無感情な口調は東雲そのものだった。  
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