81人が本棚に入れています
本棚に追加
14.
薄暗い森の中、銀色の三日月のような光が小刻みに煌めく。
弾いて、弾かれ、激しく刃を交える三ツ葉と宮比。
宮比は法衣に傷一つ無いが、三ツ葉は早くもあちこちを裂かれて装束が血塗れだった。
「ほぅれ、痛みを我慢しているその血濡れた可愛い顔を舐めさせとくれ?」
指でくいくいと艶っぽく手招きしながら、宮比の声で彼女に真似た台詞を言う東雲。三ツ葉と宮比の関係を知った上での挑発である。
三ツ葉は直刀2本を交差させながら冷静に距離を取る。
(師匠の戦いを完璧に再現してやがる……。
表情や指での挑発で相手の神経を逆撫でする所も……本人そのものだ。
師匠を徹底的に攻めたら捕まえられない消耗戦の果て、柔術での投げと急所への明確な突きが待っている。
それでも、演技に何か漏れがある筈……!)
三ツ葉は何度か鍔迫り合いで攻防した後、思い切って彼女の右側から攻める。
右は宮比にとって眼帯をしている方、つまり敵が見えない方向だった。
東雲は即座に反応した。
(死角への攻撃でこの女のする行動は数十通り。
この状況で使える動きは……これ!)
柔軟な動きで三ツ葉の脇をすり抜け、しゃがみ込みから、三ツ葉の首を腕で抱え込む体勢。
腕と挟むように後頭部へ刃を定める。
その時、不思議な事が起こった。
あれだけ彼女を捕まえられなかった三ツ葉が彼女の腕を掴んでいた。
彼女の攻める力を流すように、前方へ投げる。
東雲が原因を振り返る間もなく、背中と頭を叩き付けられる宮比。
(何が起きた?)
三ツ葉はすかさず宮比に馬乗りになり、両手を押さえ付けて動けなくした。流石の彼女も男の体重で重しをされたら動けない。
「師匠は片目が見えない。
そしてお前はそれも再現して動いたんだろうが、あの師匠は見えない部分の相手の動きを毎回ほぼ勘で対処していていたんだ。無理に仕掛けなかったりもしたし、意表を突く為にわざと特攻する時もあった。
だからこの時の対処法はかなり多い。なんせ毎度違うからな。
だが俺だけは、この時の師匠がどう対処するか、お前より理解してる。長い事組み合っているからな……!」
三ツ葉は彼女の関節を外そうとする。
その時、宮比は苦しそうに声を上げた。
「みつ……き、聞け!」
「下手な演技は止めろっつってんだよぉ、この……!」
目を見開き力を込める三ツ葉。
「違う!昨日の洞窟に……!」
そう言いかけて痙攣し、白目を剥いて失神する。
どうしたかと思う間も無く、女とは思えない力で三ツ葉の拘束を力任せに解いてしまった。
逆に引き込まれて四肢を固められそうになったので一旦退く三ツ葉。
その横腹に彼女の蹴りが食い込んだ。
蟷螂の鎌攻撃のような鋭さに、丸太が折れたような音が後から聞こえた。
「っがはっっっ!!」
胃液を吐いてその場に蹲る三ツ葉。
(師匠どころか、人間がやれる蹴りじゃない……!腹に仕込んだ特注の鎖帷子がなければ内臓が逝っていた!)
片足で立って見下ろす宮比。彼女のもう片方の足は内出血を起こして赤くなり、しかも脛の真ん中が曲がって変形していた。
「そろそろ面倒だから自分の戦法でやろうと思ったけど、駄目だ。人間の足は脆い。
本気で蹴ると直ぐ自分の方が壊れる。」
演技を止め、ぼやく東雲。
三ツ葉は隙を見て近くに待機していた馬を指笛で呼び、全力疾走で走らせる。
「仕方ない、戻るか。」
東雲がそう言った後、宮比はその場にグニャリと倒れ込んでしまった。
三ツ葉は都でなく、その逆方向へ馬を走らせていた。
宮比は追って来ない。
腕に布を縛り付け止血し、痛み止めの薬草の根を噛みながら考える。
(俺が師匠を地面へ叩きつけた時、師匠は頭を打って気を失ったと思ったら、急に慌てた口調になった。
そして『昨日の洞窟に』の言葉と、未だ不明の操り手本体の位置……。
五暁院の魔除け札が反応してなかった所を見るに、相手は都の外から師匠を操作している……?
……だとすると!)
三ツ葉は確信し、進路を取った。
***
昨晩、宮比が赤鐘達に襲われた洞窟付近。
とある木の根元に落ち葉の塊がある。
そして、その下にはべっ甲のような薄いガラス板のような物で蓋をされた穴が隠されていた。
丁度墓穴位の大きさで、中には裸の東雲が丸まって眠っていた。
宮比を操る間、本体を攻撃されないように赤鐘が身を隠してやっていたのだ。
東雲は目を開き、蓋を割って穴から這い出る。
周囲の音や匂いに集中し、三ツ葉の位置を確認する。
「わざわざ向かって来るなんて馬鹿なやつ……。
……今度は確実に蹴り殺してやる。」
変化しようとしたその時、急に体が突っ張って動けなくなった。
「!!
……まさか?!」
東雲の脳裏に聞こえる女の喘ぎ声。
『んぅう……はぁあぁぁ……!
人の体を好き勝手に弄べるのは自分だけだと思ったら大間違いだ……!その糸で繋がってるなら逆も然りっ!!』
宮比の声だった。
「元実様の鬼術で魂を骨抜きにされたんじゃないのか?!
普通の人間なら一生正気には戻れん筈……!」
『んあははははっ、私があれ位で壊れるとでも?!
私の情を殺せるのは真に強い雄鬼だけ!!下鬼の愛撫でなど感じもせんわぁ!』
東雲は目を怒った猫のように見開き、強張った表情のままドスの効いた声を絞り出す。
「……今、元実様を『下鬼』と言ったか?」
脳裏にいる宮比の首根っこを掴んで、その笑う首を引っこ抜いて何度も踏み潰してやった。
同時に、現実世界でも神経を繋いでた糸を引き千切る。
蹄の音が聞こえる。
どうやら宮比は三ツ葉が到着するまで時間稼ぎをしたようだ。
三ツ葉は馬に跨り、両手の直刀を下段で構えていた。
八重歯を見せてケタケタと笑っている。前髪に隠れた目は据わっていた。
「あの蹴り……やっぱりお前だったか!
また会えて嬉しいぜぇ、クソ雌人鬼!!」
「元実様の歩く道は綺麗に……。雑草は根こそぎ抜かなきゃ。」
東雲はその身を炎に包んで変化した。
最初のコメントを投稿しよう!