1話/黒む鬼

1/7
81人が本棚に入れています
本棚に追加
/210ページ

1話/黒む鬼

773a1748-b24d-48e2-8c1e-f7e814cd6e79 1.  濃い霧で包まれた針葉樹の森の中。曇に遮られて日の光は当たらず、見えるもの全てがくすんだ色をしていた。    そんな森の中を三人の男が進んでいる。  破れた着物を纏い、髪や髭を伸ばし呆けた、粗暴な身なりの男達だった。  三人はボロボロの布が巻かれた柄と錆びた鍔の付いた刀を腰巻にさし、戦場跡から盗んだと思われる長槍や棍棒を手に持っていた。  彼らは山賊であった。  今は乱世であり、このような者達がいるのも珍しい事ではない。    「はあはあ……こらやべえぞ。完全に道に迷ったわ。  曇り空で正しくは分からんが、もう少しで日が落ちる頃だ。  根城の方向はわからんし……、この夜霧峠(よぎりとうげ)は暗くなったら『あれ』がよく出るって……。」  統率者らしき男が息切れしながら呻く。  「頭!あ、あそこに洞窟がありますよ。」  手下の一人である痩せた男がある方向を指さす。    木々の奥に、岩の洞窟が見えた。    「よし!取り敢えず今日はここを拠点としよう!」  頭と二人の手下は喜んでその方向に駆け出そうとする。  シャン、シャン、シャン  突然どこからか、鈴の音が聞こえ三人は身構える。   「なんだ!?山伏でもいるのか?」  「なら持ってる施しでも何でもかっぱらっちまいやしょ。」  人相の悪い巨漢の手下が鉄の棍を軽々と持って自分の肩を叩く。  ガサガサッ  鈴の音が止まり、三人の後ろの茂みから何かが出て来る。  鈴を持ち、笠をかぶり、真っ白な装束を纏った10代前半の少女だった。  こげ茶の髪を左右で編んで束ねている。    笠でできた影のせいで目元は暗い。虚ろな目が三人を見上げている。  「なんだガキか……。薄気味ワリいんだよ!どけや!」  「おじさん達、この先は行っちゃいけないよ。」  声を荒げる頭に動じず、少女は無表情のままか細い声で言う。  「ああん?」  山賊の頭は怪訝そうな顔をする。  「食べられちゃうよ。『あいつ』に。  私ももう……。」   少女はそう言うと、いきなりその場に倒れた。    「おい、急にな……、ってああっ?!」  少女の白い着物の腹の部分が赤い液体で滲み始める。  三人はもう一度洞窟の方を見た。  ……オオオオオオォ。……オオオオオオォ。    風に混じって、何やら獣のような不気味な声が聞こえて来る。  やがて入り口の奥の暗闇に、二つの円い光が浮かび上がった。  「まさか!お前ら逃げるぞ!  お、お、鬼が出た!」  三人の山賊は転んだり石に蹴躓いたりしながら、慌てて逃げて行った。  三人の山賊が逃げてから1分後。    少女は起き上がって、辺りを見回した。  「ふふふ……、馬鹿な奴ら。勝手に鬼だと思い込んでくれて助かったわ。」    山賊達の慌てた様を思い出しながらクスクス笑い、洞窟の方を向いて頷く。普通の少女が見せる笑顔だった。  「風太、ゆき、もう大丈夫よ!」  「うはは。すずね姉ちゃん!今日もうまく行ったね!」  歯並びの悪い、5歳くらいの痩せた少年が洞窟の方から興奮したように走って来る。  「でも着物の下に仕掛けた『やまぶどう』。洗濯大変だよ〜!」  丸い顔の少女が甘えた声で、笠の少女にすがる。  「『これ』と『あの仕掛け』でお家に近寄る危ない奴を追い払えるんだから、こんなの小さな犠牲よ。」  笠の少女・すずねは、幼い子供達の前で得意そうに言う。    「目は手鏡から出た反射の光で。」  「声は洞窟の小さな穴ぼこに風が入った時の音!  着物の血は潰れた『やまぶどうの汁』よ!」   子供二人は声を潜めながら順番に言い合う。  「さあ、悪い奴はみんな追い払ったし、私達も隠れ家に戻ろっか。」  すずねは意地悪そうな顔を綻ばせ、幼い子供達に優しく微笑んだ。  「はあん。そう言うことかい。」  濁りのある低い声が聞こえる。  少し後ろの茂みから先程の山賊の一人である、巨漢の男がぬっと姿を現した。    すずね達の表情が凍りつく。  「餌である俺らを見て走って追ってこないし、鬼にしちゃどうも変だと思ってお頭達と一緒に逃げるフリして、俺だけそっと戻って見たらまあ……。」  巨漢の男は重そうな鉄の棍を、荒っぽく構えた。  すずねは子供達を庇う。  「風太!ゆき!に、逃げて!」    「糞ガキどもが……!浅知恵じゃ世の中生きてけねってことを体に言い聞かせてやる!」  巨漢の男が鉄の棍を力強く振り上げた瞬間、すずねは顔を歪めて目をつぶった。    洞窟の方へ駆け出した子供達がすずねの方を振り返って叫ぶ。  「「お姉ちゃん!!」」    ガサッ ミシッ  すずねの近くにある木から、枝が軋んで動く音が聞こえた。  その場にいた者達は皆、木の枝の上で人影が立ち上がるのを目撃する。  黒い着物に、白く長い髪の束を襟巻きのように首に巻いた少年だった。 巻いた髪の毛は白骨化した頭蓋骨から生えたものであり、その頭蓋骨は襟巻の余った部分のように、少年の右胸辺りでぶらぶらとぶら下がっていた。     中性的な顔立ちに、白い肌、クセのある黒髪、目は片方が栗色、もう片方が黄金だった。年齢は10代後半位に見える。    よく見ると額の辺りに黒髪の隙間から伸びる二つの短い角が見えた。  人間に近い姿だが、鬼である。  少年・夜光はその場にたたずみ、石のように動かない表情と怠そうな目付きですずね達を見下ろしていた。  「鬼か……?!」  「嘘。本物……!?」  巨漢の男とすずねは、新たな脅威に身構えた。  夜光は3メートルもの高さのある木から飛び降りた。  特に勢いをつけたり、受け身を取ったりもせず、階段の一段を降りるかのように、いとも簡単に静かに着地して見せた。    「……ふん。よく見たら痩せっぽっちで弱そうじゃねえか。  あるのか無いのかわからん角生やしやがって!本当に鬼か?」  巨漢の男は落ち着いて鉄の棍を構え直し、荒々しい掛け声とともに夜光に向かって行く。  「うおああああ!」    走る速度で威力の増した、鉄の棍の重い突きが出る。  それが夜光の胴に入り込む直前、夜光は何故かその場でふらっとよろけた。  そのまま鉄の棍を体で撫でるようにひるがえってかわす。  そして、巨漢の男の顎に下から掌底で突き上げた。    巨漢の男は武器を落とし、白目を剥いて失神した。  一瞬の出来事で、すずね達には夜光がよろめいて巨漢の男に手をついたくらいにしか見えなかった。    しかし、それを終えても夜光はフラフラと歩みを止めず、すずねの前まで迫った。  すずねは訳が分からず力が抜けて立ち上がれず、座ったまま後退りする。    夜光はすずねの前でふらっと倒れ、覆いかぶさるように両手を地面に着く。  「いやっ!」  すずねは顔を背けて叫ぶ。    夜光はすずねの白い着物に赤く滲んだシミに顔を近付ける。  「や……ま……、ぶど……う。」  片言でその単語を絞り出した瞬間、その場で力尽きて動かなくなった。  「……はい?!」  すずね意味不明な言葉に呆然としていたが、訳の分からなさに苛立って腹の上の夜光の顔を乱暴にどかす。    「すずねお姉ちゃん!」  すずね無事と分かると、幼い子供達が心配そうに駆け寄る。  「おに、死んじゃった!」  幼い少女が興奮した様に言った。
/210ページ

最初のコメントを投稿しよう!