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4.
怪しい者達の来客を前にして、すずねは『いつも通り』に振る舞った。
「おじさん達、この先は行っちゃいけないよ。」
鈴を鳴らしながら、感情を込めずに言ってみせる。
「私ももう……。」
すずねは苦しそうに腹を押さえるフリをして、着物に忍ばせていた山葡萄の実を潰しながらその場に倒れる。
ボロボロの粗悪な腰巻を巻いた男達は、クマで輪郭がくっきりとした目でただじっと見ている。
頭巾で顔を隠した痩せ型の男もピクリとも動かない。
……オオオオオオォ。……オオオオオオォ。
風に混じって、獣のような声が聞こえて来た。
洞窟の入り口の奥の暗闇に二つの円い光が浮かび上がる。
頭巾の男が立ち上がった。
そして声を張り上げて呼びかける。
「この地に住まう『鬼』か?
私は偉大なる朱天鬼(しゅてんき)の長・元実(がんじつ)様の命でこの地に参った。紫檀(したん)と申す!
この洞窟が我が軍の拠点として相応しいかどうか視察させて貰う。
もし適正と判断された場合、速やかにこの地を去り元実様に献上奉れ!」
(((?!)))
死んだフリをしているすずねと、鬼の目を演じている風太とゆきは、予想外の返事に息を飲む。
「どうした、下賤の鬼よ聞こえぬか?!
それとも……。」
紫檀はすずねの首を片手で掴み、高く吊り上げる。
「……っあが!」
「まだこの茶番が通じると思うたか……?」
紫檀は先程の艶っぽい声を濁らせ、憎悪を込めて言う。頭巾越しに荒い息遣いが聞こえる。
顔と顔が触れそうな距離まで、紫檀の顔が迫る。
頭巾の隙間からは飛び出そうな程大きく開いた目が見える。その目は怒りで血走っていた。
「そのような子供騙し、『山葡萄』の汁など匂いでわかる……。」
「っつ!!!」
この場で殺されるかも知れないと言う恐怖と、息が出来ない苦しさで、すずねの頭の中は真っ白になった。
「俺は躾のなって無い子供が大嫌いでな……、『角』が立っちまうんだよ……!」
紫檀の頭巾を突き破って、何か尖った物が生えてくる。
「!!!」
紫檀の瞳が黄金に輝くのが目に焼き付けられると同時に、すずねは気を失った。
紫檀はすずねからパッと手を離す。
そして力無く地面に転がったすずねを気に留める事もなく、手をすっと挙げて腰巻の男達に命じる。
「妖避けを剥がしたら、中へ。」
「終わりましてございます。」
男の一人がくしゃくしゃにされた妖避けの札を掲げて見せる。
「では獄鬼(ごくき)ども『人を辞め』、心置きなく行くがよい。」
腰巻の男達は赤い結晶のような物を腰巻から取り出して、噛み砕いて飲み込む。
瞳が黄金に光る。
四肢の筋肉がパンパンに膨れ上がり、皮膚は硬い木の幹のようになる。
骨格は人間本来のものから離れ、顔は醜く、背丈が大人二人分の大きさになる。
最後に鋭く尖った長い角を額に生やすと、化け物は肉食獣のような雄叫びを上げた。
彼らは赤い結晶を飲んで鬼に変化する、奴隷化した人間である。上級の鬼からは獄鬼と呼ばれ、下級の扱いを受けている。
獄鬼達は最後に額に長くて鋭く尖った角を生やすと、洞窟目掛けて獣のように駆け出した。
*
「……ん。」
すずねは薄く目を開ける。
「!!」
手足は縛られ、視界は真っ暗で何も見えなかった。また、他にも目の前から人間の息遣いが聞こえる。
天井を覆っていた木の蓋が開き、洞窟の岩肌が見えたと思ったら、獄鬼の黄金の目がぬっと現れこちらを覗き込んできた。
すずね、風太、ゆきはどうやら深めの桶の中にすし詰めにされているようであった。
「晩飯は手に入ったし、紫檀様も大層お喜びになられている……!
これならおこぼれもあるかもなあ。」
獄鬼は含み笑い笑いをしながら、長く鋭い爪のある大きな手ですずねの髪を掴んで吊り上げる。
手には錆びた出刃包丁を持っていた。
すずねは痛みを感じながらも震えて声をあげられなかった。
風太とゆきも凍り付いた表情でただそれを見ているしかなかった。
「……っぁ!」
「指、いや手ぐらいならつまみ喰いしても怒られんかもしれん……。
どうせ後でしめて料理するんだから、死ぬまでぶって遊んでやるのも楽しそうだ……!」
「おーい。邪魔な岩どかすの手伝えってー。紫檀様がー。」
洞窟の奥からもう一匹の獄鬼の声がする。
「あーも、いいとこで。
……全く、早く肉で腹を膨れさせたいぜ。」
獄鬼は草鞋ほどの大きさの舌を出し、すずねの腹の辺りにある山葡萄の染みをベロっと舐める。
唾液まみれの舌による気持ち悪い感触に、すずねは小さく悲鳴を上げた。
獄鬼は再び桶に蓋をして、その場から去って行った。
「すずねお姉ちゃん……!」
ゆきが泣きそうな声を上げる。
すずねは奥歯を噛みしめ、息を大きく吐いてから、いつものように明るい声で言って見せた。
「……だ、大丈夫よ!
とにかく何とかして逃げましょう。縄が解ければいいんだけど……。」
真っ暗闇の中、三人は顎や足の先で触りながら手足の縄目を探し出す。
そして口を使ってどうにか互いの縄をほどき合うことに成功した。
最後に重石が乗った桶の蓋を協力して持ち上げ、外に出る。
「昔お仙婆ちゃんが言ってた通り、鬼は力持ちだけど指先を使うのは苦手みたいね……。結びが下手で良かった……」
「隠し穴のお婆ちゃん達、大丈夫かな……。」
風太がゆきに手を貸しながら呟く。
「あそこは入り口が狭いから鬼なんか入れないとは思うけど……。隠れ穴に向かうわよ。」
*
柔らかな日差しが木の葉の隙間から溢れる林の側に、勢いよく流れる川があった。
その澄んだ水には、流れの弱い箇所に川魚の影が見える。
その川原で火を焚いている人物がいる。
夜光だった。
六尺褌だけ身に着けただけの体は濡れており、髪から水を滴らせている。
何やら真剣な顔付で手に持った黒い棒をじっと見ていた。
しかもその黒い棒は夜光の足元に幾つも落ちており、中にはボロボロに崩れた状態のものもあった。
「……。」
「ヤマメ喰うって聞いたのに、何だこの炭は?
流石のお前でも腹壊すだろ。」
川原に転がされていたカムナが横に寝たまま夜光を野次る。
夜光は酷く落ち込んだ様子で項垂れたまま立ち上がる。
着物を拾って羽織りながら、カムナを鷲掴みする。
そのままどこかへ走り出した。
「焼き方、聞くの忘れた……!」
<登場した敵>・人間を術や血で鬼に変えたもの。
また、下級の鬼である餓鬼を鍛え上げたり改良を加えたりすることで獄鬼になることもある。
鬼に変わる時は特殊な血を固めた赤い結晶・『金魚石』を飲み込む。定期的に結晶を摂取しないと禁断症状が起きる。
名前は「地獄の鬼の様によく働き、使い捨ての餓鬼よりも使える奴」と言う上級の鬼たちのジョークが由来。
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