6話/烈風の鬼・前編

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 ***   緑の草から赤黒い血の雫が落ちる。  辺りの草叢には血が撒き散らされ、鉄のような匂いを放っていた。  「お前の血は『死ねる程美味い』って実証済みだからなぁ。  先に手足を全部捥いで血抜きしてから楽しませて貰う。」  その血痕は近くの木に続いている。  その木に手を押し付けているのは紅鳶で、その手によって首を含む胴を握られているのは八重だった。  荒い息をしており、体中が傷だらけだった。  大太刀は手に握られたままであるが、腕や肩が上がらないようだ。出血の影響で体が思うように動かないらしい。  それでも、黄金に発光した瞳に宿る闘志は消えない。  しかし、その闘志がどれだけ大きな力になろうとも、時間稼ぎの為に人鬼を長期戦に持ち込むのは無謀過ぎた。    「その間に珠姫様を回収っと……。ついでに手も洗わないとなぁ。」  (大分離れたが追えない距離ではない。  それに、微かに嗅いだことの無い鬼の匂いもする。風下ならもっと良く分かるんだが……。  元実様がお嫌いな『アレ』の可能性も捨てきれん……。急がねば。)  「じゃ、サクッとぶっこ抜かせて貰うぞぉ。」  紅鳶は八重の両肩を持って抱き上げ、左右に引っ張り始めた。  「ぁああああっ……!」  八重は叫び、大太刀を落とす。  「おいおい、儂の山で女の子に悪戯とは頂けねえな?」    背後から声がした。変声期を終えたばかりの少年の声だった。  「!?」  紅鳶は八重をほっぽり出して構え直す。  (何故匂いがしなかった?!何故気配が無かった?!)  しかし、誰もいない。  紅鳶は頭に違和感を感じた。  頭に何者かが乗っている。    その瞬間、紅鳶はある事を悟った。  「当ててやろうか。何で匂いがしなかったのか知りてえんだろ?」  声の主は足を揃えて腕を組み、堂々と立っている。自分の身体より大きな紅鳶の上に。  「簡単さ。風を操って匂いが流れないようにしたんだ。空から急いで来たから気配もしなかったろ?」  紅鳶は動こうとしたが、出来なかった。  (厚い空気の壁が頭を圧迫してくる!?体が動かん!いやそれより息が……!)  紅鳶の体は何か重い物に潰されて行くかのように地面に埋まってゆく。紅鳶には自分の首や背や足の骨が軋む音が聞こえ、濃度が高い空気の毒で意識が遠退いていくのを感じ、戦慄した。    (クソッ!クソッ!!出世しても物足りなかった人間の生活を辞めて鬼になってみたら、面白い位に俺の思い通りに仕事が進んでよぉ!  天鬼の駄目主を手懐けながら出世街道の真っ最中だったのによぉ!  いきなりこんな死に方して終わりかよぉ!)  「悪ぃな。赤鬼は基本皆殺しなんだわ。  あばよ。」  少年の声の人物は剽軽な口調を少し強張らせ、真面目そうな声で最後の言葉を贈る。    (ハハ……最後の残業だ!  モツやクソの混じった俺の血反吐で書いた主人への『謝罪文と報告書』!  あの鬼モドキのクソ雌女、童子が産ませた疫病神の雌ガキ、そして『こいつ』について!  俺の怨念と共に飛んで行きやがれ!チキショウ!ハハハハッ!ハハ……。)  紅鳶の意識はそこで途絶えた。  空気の壁で全身の骨が折れ、圧縮されて小さくなった鬼の屍があるのみだった。  「さてと……。」  少年の声の人物は、血だらけで倒れている八重に近寄る。  八重は途切れそうな意識をどうにか集中させ、目を開く。  そこに立っていたのは細身の鬼だった。  背丈は変化した夜光よりも少し高い。  鬼らしい光沢のある筋骨隆々の体に、禍々しい突起や鋭い爪・牙・角がありながら、顔は何処か子供のような愛嬌が感じられた。  肩からは風袋のような半透明の膜を垂らし、舞姫の衣のように揺らめかせている。  そして何よりも目立つのは、晴天の空のように青い体色だった。    「青……鬼?」  八重はやっとの思いで呟き、失神する。  「お、綺麗な子じゃーん?傷が治ったらお酌して貰っちゃおうかなーんっ!」  青い鬼は八重の顔に近付いてじっくり見る。  下心丸出しの、非常にワクワクした様子である。  「……!」  しかし、彼は急に黙り込んだ。  黄金の目がわずかに潤んでいる。  「兄上、あそこだよ!あの壊れた橋!」  「おいおい、気安く兄貴って呼ぶんじゃねえよ。まだ、お前を信用した訳じゃねえぞ。」  指差して叫ぶ珠。夜光の代わりにカムナが嫌そうに答える。  (なんだ……、天鬼と戦った時みたいに肌にピリピリ来る!)  夜光は跳ぶようにして川から崖を登って行く。    頂上。  先に珠を地面に下ろして立ち上がる。    「や、八重ねえ……!」  始めに珠が叫ぶ。  「離れてろ!」  夜光は珠を庇って構える。  夜光の視線の先。  青い鬼が血塗れの八重を横抱きで抱えていた。    「お前がやったのか……?!」  夜光はいつもより低い声を出す。  雲のような銀の髪が揺らめく。    「今日は客が多いな。  止めとけよ。儂は負けを知らねえんだ。特に鬼にはな。」  青鬼は不敵にそう言い放った。 <ここまでの新しい登場人物> 『紅鳶べにとび』 ・天鬼の鹿和津が従えている人鬼の一人。朱天鬼の中で一眼置かれている。 赤鬼の中で名の知れた追跡者であり、単純な駆ける速度は酒呑童子の見張り役である東雲にはやや劣るが、身体能力や経験の豊富さから索敵能力が高く、また追跡者の考えを読み取る洞察力もある。 出世欲が強い。身分が良くても現場が上手く動かせない鹿和津の人鬼になった理由は、出世の為に扱いやすいと思ったから。 人間時代は上忍の忍びだったが、仕事の汚さやスリルの面でまだ物足りないと感じ、鬼の道に手を染める。
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