6話/烈風の鬼・前編

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7.  黒い鬼と青い鬼。    背丈の近い2匹の鬼は瞬き一つせず、向き合ったままだった。  鬼に変化した夜光はいつもより目を大きく開き、怒りで猛っている。  一方、相手の青鬼は片足だけに重心をかけて、ゆったりと構えている。しかし、その瞳の奥からは威圧感が漂っており、油断は感じられない。     (あの紅鳶がやられてる?この青鬼がやったのか?)  珠は八重の方に駆けて行きたかったが、青鬼の強い妖気に怖気付いて動けなかった。  「……夜光。こいつは青鬼で、恐らく天鬼だ。注意しろ。」  夜光の肩に髪の毛を絡めてぶら下がっているカムナが、小声で忠告する。    「……そこに八重を降ろせ!」  「へへ、この子に知り合いかいね?それも『鬼』の知り合い……。  まあ、そんな怖い顔するなよ。  人鬼に襲われてたから、儂の村に連れて帰って手当てしてやるだけさ。」  青鬼はケラケラと笑う。  だが夜光はそれを黙らせるかのように言い放つ。  「降ろせ!」  青鬼の声が少し曇る。  「……儂の言う事、これっぽちも信じちゃいねえな。  同じ鬼だろ?仲良くしようぜ?」  「俺は、『俺だけ』は、お前らとは違う。」  「へえ?  じゃあその『違い』って奴を見せてみな!」  2人は同時に動いた。  夜光が肘から斧のような突起を生やし、青鬼が八重を草叢に寝かせる。   「んー、いいじゃん?殺り合わねえと伝わらねえ、大馬鹿野郎。  そう言う奴の方が好きだぜ、儂は!」  夜光が跳ぶ。青鬼は突っ立ったままだった。  肘の突起からの突き上げから繋げた猛攻。青鬼は手を下したまま、しなる竹のように避ける。    (……速い!天津で戦った女天鬼とは違う速さ。  何よりも、動きが読めない!)  「!」  夜光はさっきと違う挙動を読み取る。  しかし、それを受けようと動く間も無く、動きを封じられていた。    「ふーん。力も速さもあるし、勘も悪くないな。  それに、変わった『血』の気配を感じる。」   足の親指と人差し指。  青鬼はそれらで夜光の突起を挟んで止めていた。  「……しかし、それだけだな。妖気は『普通以下』の天鬼ってとこか?」  青鬼はがっかりしたような言い方をする。    夜光と同じく間近で青鬼を見ているカムナ。今までの天鬼とは違う技量差に戦慄する。  (青鬼は赤鬼よりは喧嘩っ早く無いって噂だったが、とんでもねえ!  大して山奥でも無い場所にこんな鬼が住んでやがったとは……!)  「夜光、青鬼は術で自然を操るぞ!注意しろ!」  青鬼は肩から掛けてる袋のような膜を膨らませた。  夜光は青鬼から離脱し、構え直す。  「手前の言う『違い』って奴は口だけか、なあ?!  股座や角の奥まで響かねえんだよ!強者か弱者みてえな単純な力の差としてよお!それとも『個性』を弱さの言い訳にするような弱虫野郎なのかよぉ?!」  青鬼は興奮気味に叫ぶ。目を大きく開け、半開きの口から牙をチラつかせ、楽しそうな表情をしているように見えた。  袋は空気でパンパンに膨れ上がる。  青鬼は筋骨隆々の艶めかしい肉体を見せ付けるように舞い、その破裂寸前な袋の口を夜光に向ける。  予測不能な動き。夜光は生唾を吞み込む。  青鬼は満面の笑みを見せるように口を大きく開く。  そして袋をバーンっと思い切り叩いた。    袋の口が開き、何かが飛び出す。  それは激しい旋風で周りの木をしならせ、木の葉を毟って丸裸にする。  見えない何か。  突風。いや、特大の空気弾だ。    「!」  夜光は飛んで来る木の葉や小石が顔に当たるのを腕で防ぎ、  それを横に転がって避ける。  背後の木に空気弾が当たり、数十本同時にへし折って粉々に砕く。  (……見えなかった。でも風の正面は俺を向いていた!)  夜光は旋風の影響で体勢を崩しかけたが、無事受け身を取る事が出来ていた。    「へえ、避けたかいね?」  青鬼はまた袋を膨らませる。  (見えないけど分かる……!  それに、あいつ空気を飛ばす時、反動で後ろに下がって隙ができる……。これなら!)  夜光は袋が空気で満たされるのを待った。  「食い足りねえだろ?!食わせてやんよっ!」  二度目が発射される寸前。  夜光が跳んだ。    そして妖気や鬼火を角に集中させ、二本の角を熱した鉄や炉のように緋色へと輝かせた。  そのまま白い火の粉を銀粉のように撒き散らし、銀の鬣を振り乱して距離を詰める。  「見た事ある気がするな。『それ』……。」  青鬼は感慨深そうに呟く。  夜光の作戦を察していたカムナ。しかし、青鬼に違和感を感じていた。妙に落ち着き過ぎてると。  「夜光、嫌な予感がする!早まるな!」  しかし、角が輝いてからは止まれない。    発射後。  夜光は木や地面を三角飛びして空気弾を避ける。  青鬼の目の前まで来る。  しかし相手は動じない。    「火はカッと燃え上がって止まることしか知らねえ。  だが風は淫らな天女のように気紛れで、柔らかで、大胆だ。だから、いいのさ……!」  青鬼は空になった膜の両端を持って、天高く振り上げた。  その瞬間、空気弾は先程よりも勢力を増す。  夜光の横を通り過ぎようとしていたのが軌道を変え、天に向かって巨大な竜巻となる。  (体が、動かない!)  夜光の体は遥か上空に投げ出される。  強風に首や四肢など胴以外の体の部位を無理やり曲げられ、殴られ、押され、息が思うように出来ずに悶え苦しむ。  「夜光!」  髪は肩から解け、カムナは何処かに飛んで行く。  一方、珠は気絶している八重を揺すり起こそうとしていた。  「八重ねえ、起きて!死んじゃったら『弱かったから死んだんだ』って言われちゃうよ!そしたら、わらわは八重ねえの事を好きでいちゃいけなくなっちゃう!」  利用価値の有無や、強者が弱者を庇う欲求で満たされたいなどの余程な理由がなければ、手負いの者を救う習慣の無い鬼。そんな鬼達の中で育った珠。  どうしたら良いか全く分からず、泣き出してしまっていた。    その周りを激しい旋風が吹き荒れる。  珠は八重を庇いながら伏せたが、吹き飛ばされてしまった。    竜巻が止んだ時、珠は木の下で目を開けた。  飛ばされた時、無我夢中で木にへばり付いていたのだ。  丁度その木の枝にはカムナも引っ掛かっていた。  「くそっ!夜光達はどうなった?」  その時衝撃音が聞こえ、地面が微かに揺れた。    珠はカムナを持ち、その音が聞こえた場所に向かう。  その視線の先、土煙に鬼の影が見えた。    「あーあ、あんま面白くならなかったな。暇潰しにはなったが。」  煙が風に消えた時、立っていたのは青鬼だった。    青鬼は風袋のような膜で八重を包み、足元を見下ろしている。  地面を抉って出来た真新しい溝。  そこには黒い鬼がうつ伏せで転がっていた。    「夜光っー……!」  「兄上ーーっ!」  風が炎をさらっていった森。そこに絶望の声が響き渡った。   (烈風の鬼/前編・完)
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