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特別編/頼光四天王、鬼を説く
八重が1人で出かけた日の午後の事。
五暁院の一画。
大将・頼光の控所とされている、几帳に囲まれた四畳間以下の区画。
それが今日は八畳間程の倍の広さとなっている。几帳などの仕切りを置く場所を外側に移動して区画を広げたようだ。
区画には狩衣を着た子供と老人が居た。
1人は卜部隊の若き統率者である子供。卜部季武の名を預かる浅葱斗貴次郎(あさぎときじろう)。
統率者と言ってもまだ補佐が必要で、組織絡みの判断は他の隊員の力を借りている。しかし、鬼の知識に関しては大人でも敵う者はいない。
もう1人の方はその祖父であり卜部隊の後援者でもある木次郎である。
周りでは卜部隊の研究者達が長い巻き紙や紙束を運んで何かを準備している。
「ふう。どうにか間に合った……。
皆さんが集まれるのはこの日だけって聞いて、予定より早く纏める形になりましたけど……。」
斗貴次郎は額の汗を拭う。
「はは。仕事が早いのはいい事だ。
ほれ。」
木次郎は普段は気難しい顔を大きく綻びさせてそう言うと、斗貴次郎に小銭を渡す。
「おじいちゃ……、じゃなくて、お爺様!
僕は卜部として当然の……!」
木次郎は斗貴次郎の頭を撫でて遮る。
「まあ、いいじゃねえか。可愛い孫が徹夜で頑張ったご褒美だ。
明日、市で好きな物でも買いなさい。」
斗貴次郎は頬を染めて腕を組み、照れ臭そうにした。
暫くしてー。
木次郎と斗貴次郎が茵(しとね)に座って待って居ると、背の高い男が盃の酒をチビチビとやりながら入って来る。
「おーす、木次郎の御大、斗貴次郎。もう来てたのか。」
男前だが、小袖を着崩して胸板をはだけさせ、酒の入った甕を抱えている。
渡辺綱の名を預かる綱隊の隊長・柴本射貫(しばもといぬき)である。
普段はだらし無いが、長槍を握らせれば鬼も泣き出す猛者に変わると言う。
「わっ!バカ射貫、また昼間から飲んでるのか?!
それに会合にそんな格好で来るなんて、頼光四天王の恥さらしが!出直せ!」
斗貴次郎が酒の匂いを手で扇いで防ぎながら、食い掛かる。
「こんなの水みたいなもんだ。いいだろ別に。
会合って言っても身内の茶飲み会みたいなもんだろが。」
射貫は鬱陶しそうにどっかりと胡坐をかいて座る。
「いい訳無いだろ!そう言う妥協が組織を駄目にするんだ!いいから酒を全部捨ててこい!」
「ギャーギャーしつけえな!無理矢理、酒突っ込んで込んで寝かしちまうぞ、コラ!?」
30代の大の大人と10代前半の子供による口喧嘩に、木次郎は呆れて溜め息をつく。
「おや、随分と賑やかじゃないかい?」
艶っぽい声が聞こえ、女が一人入って来る。
歳は20代後半位で、深紫色の狩衣を纏い、腕には鷹をとまらせ、顔には眼帯を着けている。
横で纏めた黒い巻毛と赤い口紅、口元の黒子、そしてたっぷりとした服でも隠せない胸や尻周りの曲線がとても色っぽく感じられた。
彼女は碓井貞光の名を預かる、貞光隊の隊長・『百日紅宮比(さるすべりみやび)』だ。
「宮比(みやび)!」
斗貴次郎がその名を口にすると、射貫は顔を真っ青にして慌てて部屋の隅に滑り込む。
宮比はまず木次郎に会釈する。
「木次郎様、お久しゅう御座います。」
「『舞姫』、お前さんも元気そうだな。」
次に斗貴次郎に後ろから抱き付く。
「ふうん、ちょっと大人の体になったんじゃないかい?斗貴次郎。」
「わー、やめろ!変な所触るな!」
そして、部屋の隅で目を合わせないようにしている射貫を見つけ、ニイっと不気味な笑みを浮かべた。
「射貫ぃ。そこにおったかぇ?」
射貫は戦慄した。逃げようとしたが、直ぐに捕まる。
宮比は淫らに身をくねらせ、射貫の顔や体を弄る。
女好きであるはずの射貫。それが素肌に触ろうと迫る宮比から自分の胸板を隠して守り、のたうち回っている。
「貞光の姉御、俺は一人の女に生涯の誓いを立てた所なんだ。勘弁しっ、んぬおおあああー!!」
「ほお?あのお前が『一人』と決めたのか?」
数分後。射貫は解放された。しかし、酷く憔悴し、部屋の隅で甕を抱えて死に絶えそうになっていた。
「所で『金時』は、やはり?」
宮比が寛ぎながら尋ねる。
「ああ、枯皮はいつ何が起こるか分かりませんからね。後で文を書いて送るつもりです。」
***
同時刻、枯皮砦ではー。
「鉞担いだ金太郎〜、熊を持ち上げ角狩る稽古〜!良き馬力!!
はい、せーのっ!」
「「「「「良き馬力っ!!」」」」」
虚無僧笠を被った筋骨隆々で半裸の巨漢が何か叫びながら、半裸の隊員と共に砦の外周を走って鍛えている。
彼は坂田金時の名を預かる、金時隊の隊長・兼十(かねとお)である。
赤鬼の進行を真っ向から食い止める重要な拠点。それを一人で守りきれそうな、金剛力士のような男である。
「もっと大きな声で!向こう側の赤鬼に聞こえないぞ!!」
「「「「良き馬力っっ!!!!」」」」」
***
再び、同時刻。頼光控え所。
「そうか。金時がおらんと熱が足りなくて寂しいものだ。」
斗貴次郎達が雑談していると、最後の一人がやって来る。
狩衣を纏った畝り髪の優男。目元には疲れが見えるが、眼光そのものは朝日のような力強い光があった。
源頼光の名を預かる、角狩衆全体の統率者・吉備百之助(きびもものすけ)である。
「やあ、ごめん。遅くなったね。」
一同は話を止めて一斉に百之助を見る。
「百之助様!」
「おせーぞ、モモ。」
嬉しそうな斗貴次郎と、茶化す射貫。
「頼光、『晶洞の伴侶』と戯れて遅れたので?羨ましい夫婦だこと。」
宮比は腕の鷹の下顎を撫でながら百之助に囁く。
「うーん。まあ、そんな所でもあるかな。」
百之助は笑みを浮かべたまま、少し困ったように受け流す。
百之助は長机の前に座る。
「じゃあ、兼十を除く『頼光四天王』が皆んな揃った所で始めようか。
まず各々の隊から軽い戦況報告を。」
まず射貫が口を開く。
「こっちは今の所小さな小競り合いの鎮圧位だな。朱天鬼以外の小さな一族が城攻めや小さな村を襲う程度の物だ。
以前の酷い時みたいに複数の地域で同時にってのが無いのが助かる。
死者も出てないし、新人教育も出来て羽を伸ばせている。」
「分かった。物資の減りに注意して、そのまま警戒を続けてくれ。」
次に宮比が口を開く。
「頼光には既に鷹で報告済みだが、愛弟子の三ツ葉が何か掴んだんだらしい。
朱天鬼の人鬼が少人数で大江曽山から八方に散らばって走り回っているとか……。」
「都侵攻への斥候にしては進路が明後日の方向な箇所もある……。それに、『特別な何か』を追って探しているようにも思えるね……。」
百之助は顔をしかめる。
「そうかも知れぬな。中には下っ端の天鬼まで現れて巡回中のウチの隊から負傷者を出した箇所もあった。
私が出て行って『手篭め』にしてやったが、何も吐かずに死におってな……。」
宮比は含み笑いしながら、腕の鷹と艶めかしく舌を舐め合う。木次郎が斗貴次郎をチラッと見ながら気まずそうに咳払いする。
「……奴ら、相当焦ってるな?
宮比、引き続き情報収集を頼む。状況によっては奴らが『欲しがっている物』を取り上げて貰う。準備だけは頼んだ。」
「了解した。頼光。」
その他、必要な情報交換を終えた後ー。
百之助は斗貴次郎の方を見て頷き、合図した。斗貴次郎もそれを返す。
「ここでお開きと言いたい所だが、今回仲間になってくれるかもしれない人物について、色々知っておいた方がいいと思ってね。
『夜光』について卜部のみんなに検査して調べて貰ってたんだ。」
斗貴次郎が前に出、卜部の隊員が資料の巻き紙を広げて見せる。
「それでは、『黒き鬼』こと、『夜光』さんに関する調査結果を報告します。
こちらの資料をご覧下さい。」
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