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暫くして。
斗貴次郎と射貫達は帰り、百之助と木次郎と宮比だけが部屋に残った。
宮比が始めに口を開く。
「甘い果実にも、苦い部分や酸っぱい部分はある。私は苦い方の話に興味があるね。
備えはあるんだろ?頼光。」
百之助の穏やかな顔が曇る。
「免罪符は手配してる……。」
「それだけじゃ無いだろう?
その哀れな坊やは上級の天鬼の血を引いてる。万が一、免罪符だけで縛り切れなかったら?
その上、半鬼と言う稀な種族である故に、本人も知らない『陰』の部分があってもおかしくない筈だ。今は猫のように可愛がられていても、何の拍子に虎に変わるか分からない。
どうする気だい?」
「……『彼女』がいる。」
百之助は背を向けている。
「そうだと思うた。だから側に置かせているのでもあろう?
あの子の鬼への復讐心は情愛のように深い……。それこそ全ての戦いが終わるまで、我らの為に遊女の如くその身を委ね続けてくれる娘だ。」
「……私はこの選択をしない程、なだらかな道を通ってはいない。
だがそれでも、あの子を都合のいい道具だと思った事はない。
宮比、君だってね。」
百之助の瞳は非情と遣る瀬無さが入り混じっていた。
「いや、これはお前を責めているのでは無い。褒めているのだよ。
お前の非情な決断をする時のお前も愛しておるから、もっと楽に命を下せと言いたいのだ。
貞光隊は全ての汚れを請け負うのが仕事だからな。本気で犠牲無しの戦いをしようと思う者こそ外道よ。
では、これで失礼する。」
宮比は満足したようにその場を去っていく。
「身内の隠し事なんて全てお見通し……。諜報活動する身なら当然と言えば当然か。味方で良かった。」
百之助は溜め息をつく。
「……百之助、少し休んだらどうだ。
例の調整ならまだ明日にも回せる。」
木次郎が気に掛ける。
「いえ、いろはが呼んでるみたいなのでまずそっちへ。
『あの格好』でこっちに来いとも言えませんし。」
夕刻近く。
五暁院の朱色の柱は夕日で照りつけられ、より赤く艶やかに輝いていた。
八重といろはが寝泊まりする区画。
区画の入り口は垂れ下がった簾によって閉ざされている。外側に百之助が立ち、内側には大きな九尾の狐が腹這いになっている。
高まった妖気が抜けないせいで、未だに人間の姿に化ける事が出来ない、いろはである。
「大して遠くじゃありませぬ。『墓参り』だけならば、もうとっくに帰って来ている頃……。」
「落ち着くんだ、いろは。
ずっと我慢して戦って来て積もる想いもあったろうし、つい長居してしまっているだけかも知れない。
それかあれだよ。
八重もまだ年頃の女の子だ。市で買い物でもして羽を伸ばしてるのかも。」
「いえ……!風から彼女の匂いはしませぬ。まだ都にすら来ていない……。
頼光殿……、何卒……!」
「うん、気持ちは分かるが……。
正直な所、今君にまで離れて貰うとちょっと困る。
一昨日、赤鬼の勢力圏で少々妙な動きがあった。もしもの時の為に射貫達と待機して欲しい。」
「頼光殿……!八重に何かあったら困るのは貴方も同じはず……。彼女は角狩にとって……。」
「……分かったよ。じゃあ、こうしよう。
今日一晩だけ、人々が寝静まっている間だけ外出を許可する。
あと、決して人目に付かないように、また妖気が溜まり過ぎ無いように気を付ける事。いいね?
くれぐれも免罪符の力で君を封印するなんて事、私にさせないでくれよ?九尾と暮らすのも楽しいもんだと思い始めて来た所なんだから。」
百之助は疲れを隠すように微笑んで見せた。
「感謝する……。人間にしておくには惜しい男だ、貴方は。」
いろはは目を細めた。紅の瞳は少しも鋭さを失わない。
「それからついでにこれ。
八重と合流したら必ず渡してくれ。」
百之助は風呂敷包をいろはの首にしっかりと括り付けた。
「私が直接渡しに来る物と言う事は……。分かるね?」
「了解した……。」
深夜。
銀色に月色を滲ませた、9本の房のような尾が揺らめく。
九尾は屋根の上を羽根のように跳んで駆ける。
門を越え、月夜へ飛び立つ。
「これ以上、汚させるか……。
彼女にまで……!」
いろはの尾から炎が揺らめいた。
(頼光四天王、鬼を説く・完)
<ここまでの新しい登場人物>
貞光隊の女隊長。
鷹の扱いが上手く、鷹文を管理するだけでなく、鷹の世話も行なっている。
三ツ葉と八重を愛弟子として可愛がっている。
妖艶で、性欲が旺盛に見せかけ、妖しく異性を魅了しながら、しっかり裏工作をする。計算高く、野心家。
弱い者は色香で服従させ、見惚れた強い者にはとことん服従する。
元々、忍びの里から派遣されてきたが、帝及び角狩衆に忠誠を誓う事になる。
好みの神仏…孔雀明王、天宇受売命
<おまけ>
射貴、斗貴次郎、百々助、落書き
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