6話/烈風の鬼・後編

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6話/烈風の鬼・後編

1.  「さてと……。鬼だが、この子の知り合いなら殺すわけにゃいかんな。  これ位にしてやるから帰んな。」  青い鬼が地面を見下ろしている。  鬼らしい筋骨隆々の体に、禍々しい突起や鋭い爪・牙・角がありながら、顔は何処か子供のような愛嬌が感じられた。  肩からは風袋のような半透明の膜を垂らし、舞姫の衣のように揺らめかせている。  腕にはその風袋で包まれた八重を横抱きしている。  八重は血だらけで気絶していた。  青鬼の足元には出来たばかりの溝があり、そこには黒い鬼に変化した夜光がうつ伏せになって転がっていた。  「夜光、起きろ!おいっ、嘘だろ……?!」  カムナは夜光の側まで跳ねて行き、手の指を噛んで引っ張る。  夜光は全身に切り傷がいくつもあり、体のあらゆる関節が妙な方向に曲がっていた。太陽の光が降り注ぐにも関わらず、目の奥の瞳孔が開いている。  (……こいつ、息もしてねえ!  ガキの頃から今まで、死にかけた事なんて珍しくなかった。だが、今回は……!)    「心配すんな。手加減はしてある。  こいつも鬼なんだから肉でも腹一杯食わしときゃ直ぐ元気になるさ。」  青鬼は大した事無さそうにケラケラと笑う。  青鬼は踵を返そうとする。しかし、足に何か当たる感触がして下を向く。  「八重ねえを離せっ!」  珠が泣きながら、脛に体当たりして齧り付く。  青鬼は溜め息を吐いて、珠の後ろ首をひょいと掴んで自分の眼前に持って行く。  「だーからー、人の話聞けって!別に食ったりしねえよ!  ……それよりお前さん、結構いい生まれの赤鬼っぽいが?どうしてこんな所にいる?赤鬼なら理由によっては……。」  その時、溝から青い炎が上がる。  「や、夜光!気が付いたか!」  夜光はいつもの人間の姿になっていた。  右の肩と腕だけは動かせるらしく、それらを使って地面を這う。手首は折れてだらんとなっており、首が上げられないらしく顔を地面に擦っている。  また、肋骨をやられているのか、息がしにくそうに呻き声を漏らす。    「ほお、人間の姿になって体力を節約して、回復に回したな?身体が小さい方が消費が少ないし、治りも早いからな。」   青鬼は感心したように言う。   (空っぽに等しかった妖気が少し増えてるな……。)  額に神経を集中して、夜光から漏れる気を感じ取る。  夜光は震えながら土と血で汚れた腕を伸ばし、肘を曲げて青鬼の足に掴まる。  「ふ、2人を、離せ……!」  青鬼は軽く足を振ってそれを振りほどいた。  夜光は再び溝に転げ落ちる。    「兄上!」  「儂は自分から勝負を吹っ掛けて負ける奴の頼みは聞かない。勝ったら聞いてやるから出直しな。」  青鬼は少し優しそうに言う。  「冠羽(かんば)〜。どーこー?」  森の何処からか声が聞こえる。  やがて10歳にも満たない幼い少女が姿を現わす。  農民らしい地味な着物を着ているが、ぱっちりとした目と、毛先を麻紐で蝶々結びした長髪が可愛らしかった。  「あ、いたー!冠羽(かんば)。」  「雛菊(ひなぎく)!?危ないからくんなって言ったろ!  あと、『鬼神様』って呼びなさいって。」  青鬼・冠羽(かんば)は面倒臭そうに叱る。  「神様って感じしないんだもん。冠羽は冠羽だもん。  それよりこの人達どうしたの!?早く手当てしてあげなきゃ!」  「全員は無理だ。何せコイツは敗者で、鬼で……。」  「冠羽も鬼なんだから仲良くしないと駄目でしょ?全員連れてくの!」  少女・雛菊(ひなぎく)が冠羽にあれこれ説教する。幼女が大の鬼に物申しているのは滑稽だった。  (鬼が人間の子供なんかと普通に接してる……?)  珠は唖然としている。  「2人を……!」  そうこうしている内に、夜光が再び冠羽の脛に掴まる。  「あーもー面倒くせー!  いいか?!死にたくなきゃ、ちゃんと捕まってろよ!」  冠羽は八重を片手で抱いたまま、珠を左肩、雛菊を右肩に乗せて、更に夜光を脇に抱えた。  そして、風袋のような膜を膨らませて、その空気を地面に向けて噴射。フワリと浮遊する。  「どこ行きやがる?!お、俺様を置いておくな!」  カムナは跳んで夜光の服に齧り付く。  夜光達は冠羽に連れられ、何処かへ飛んで行った。   ***   その日の夜。 八重が昼間に花を供えた場所。  辺りには火事とそれを吹き消した突風のせいで、炭になった黒い木の破片などが散乱していた。  そこにゆらゆらとした影が見える。  九尾の狐。いろはだった。  「クソっ……、雨と風、それに火のせいで匂いが消えてる!でも、ここに来たのは間違いない……!  朝日が昇る前に見つけ出す!」  いろはは何処かへ走り出す。  しかし、哀れな事に、八重や夜光達の行き先とは逆方向であった。
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