6話/烈風の鬼・後編

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2.  格子戸から差し込む朝日。    「離せ……!2人を……連れて行くなっ!」  夜光はそう叫ぶと、莚(むしろ)の上で目を覚ます。  まだ全身に痛みが残っていた。  「夜光、起きたか!」  目に青い炎を灯した髑髏が視界一杯に入る。  カムナが真横から覗き込んでる。  夜光は仰向けのまま周りを見る。  カムナの白い髪を首に巻いているのはいつも通り。  しかし、八重の黒髪も巻いているのは想定外だった。また、無意識に八重の腕をしっかり掴んでいる所もそうだ。  隣では八重が眠っていた。  薄紫の小袖を着ており、素肌が見える部分には包帯を巻いている。  夜光は彼女が無事だった事に安堵した。    しかし、おかしい所はまだあった。  夜光と八重が並んで仰向けになっているその間に、挟まって眠っている珠がいるのだった。  3人は洞窟のような閉鎖的な岩の牢にいた。  「ぅん…。」  八重も目を覚ます。  その後、隣で彼女の髪を巻いた状態の夜光を見て、取り乱し、騒いだのは言うまでも無い。  「都まで旅してた時も、何度も止めって言ったのに!次やったら本当に叩くわよ!」  八重は髪を手櫛で整えながらじっとりと睨む。  こうは言うが実際に叩いた事は無い。親密な中でも無い異性に体の一部を触られるのは嫌だが、夜光の価値観が普通の人間とは違うと分かっている為、多めに見てるのかも知れない。  「それに腕は何なの?しかも人鬼に引っ掻かれた部分を握るから痛いじゃない。」  ムスッとする八重。  夜光は少し俯く。  「夢の中で八重が青い鬼に殺されそうになって……。そしたら本当に握っていた……。」  「勝手な事言ってごめんなさい。……ありがとう。」  八重はそう謝ると、握られていた腕に触れた。  「にしても何で貴方が居るの?……ここは?」  「そう言えば、あの時お前は気絶してたな。  しかし、角狩のお前がこのチビ鬼と仲良し子よしってどう言う事だよ?」  カムナの言葉に、八重は思わず珠を凝視した。  人間の幼女と変わらない健やかな寝顔。  しかし、外套が脱がされており、角が丸出しだった。  「角!……珠ちゃん。」  カムナと八重はこれまでの経緯を互いに説明し合った。  「で、この通り山奥の人間の村に連れてかれてよ。  女数人に手当てされた後、牢屋にぶち込まれて朝を迎えたって訳さ。」  「……そう。私達を助けようとしてくれてありがとう……。  それにしても……。」  八重は複雑そうな表情で珠に目を向ける。  珠は不安そうに八重の表情を伺っている。角を両手で握って隠している。  「珠ちゃん、鬼だったのね。  会った時は、被り物で顔が良く分からなかったし、他の鬼もいたせいで腕の風車で判断出来なかった……。  しかも夜光の妹……なの?」  「このガキが言っ事だからな。本当かどうかは知らん。  ……間抜け面な所しか似てねえしよ。  少なくとも、俺様は夜光がチビ助の頃から一緒に旅してるが、そんなのに覚えはねえ。  現に夜光も知らねえと言っている。」  カムナや夜光の疑いの眼差しに耐え切れず、珠は叫ぶ。  「嘘じゃないもん!兄上の母上は人間で、わらわの母上は鬼だけど、父上は一緒だもん!  皆んなが噂してる通り『黒くて歪な鬼』で、父上と同じ匂いがしたんだもん!」  珠は夜光の着物の襟を握ったままじっと夜光を見つめる。パッチリとした大きな目に涙を溜めていた。  「待って、夜光の片親が人間……?  そう。そうだったの……。」  「あ、ああ、まあ……。なんだい、人間のお前らにはその方が嬉しいんじゃねえか?」  カムナが怪訝そうにする。  「半鬼……。いや、何でも無いわ……。うん。」  八重は一瞬驚いていたが、それ以上は何も言わなかった。  「珠って言ったか、……お前、何しに来たんだ?  赤鬼なら枯皮の天鬼や、天津の女天鬼の仲間だろ。」  夜光は少し怪訝そうな顔をしている。  今までひたすら暴行を受けたり、騙されたりと、彼にとって鬼は危険を脅かすものでしか無かった。だから不信になっている。  「兄上に会いに来たのじゃ!父上が兄上は強いって褒めていたから、仲良くしたいって思ったから来たのじゃ!」   「……え?」  あまり記憶にない自分の父親。それも酒呑童子という皆に畏怖される強い存在。  それが自分に対して好意的であると聞き、動揺する。  善悪関係なく正直に言うと、多分嬉しかったのだ。反面、何故人間の母に自分を産ませたのかと言う疑念も濃くした。  「でも青い鬼にあっさり負けちゃったね。」  幼い珠は思った事をそのまま言ってしまう。  「『あっさり』じゃ無い、次は絶対勝つ!」  ムッとする夜光。珍しく、若干ムキになっている。    珠は大きな声にびっくりして黙り込んでしまった。  「や、夜光落ち着いてよ。お兄ちゃんなんでしょ?」  八重が夜光を宥める。  「しかし馬鹿だな。  鬼は強いものに惚れ込む種族だとはいえ、八重に近づくなんてよ。  ……お前に敵意が無くても、お前は赤鬼で雌鬼である以上、面倒事の塊さ。  角狩衆の連中にしょっぴいて貰おうぜ。奴らもこう言う時だけは役に立つ。」  「カムナ、それは……。  確かに百之助様には相談するけど、怖い思いをさせるつもりは無いわ。」  複雑そうに珠を抱きしめる八重。赤鬼が角狩衆の敵とはいえ、不安そうに縋り付いてくる珠を咎める事が出来なかった。    「ムクロカムリの意見に同意だな。ここを守る儂としても、長居はして貰いたく無い。」  格子戸の方から声がする。  変声期を終えたばかりの少年の声。つまり、あの青鬼・冠羽の声だった。
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