6話/烈風の鬼・後編

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 「出たな青鬼!って、ちっせっ?!」  カムナが食い掛かろうとするが、口をあんぐりと開く。  「普通に体を動かせる位には回復したみたいだな、坊主。  寝てる間に獣の血を飲ませておいた甲斐があった。」  格子戸の前に立っていたのは、角を生やした10歳位の少年だった。  短めの髪は晴天の空のように鮮やかな青で、三角眼の瞳は黄金だった。寒色でまとめた麻の腰巻を幾重にも重ね着し、青瑪瑙と動物の骨を削って作った腕輪や足輪を着けている。  冠羽の鬼に変化する前の姿、つまり人間形態の姿である。  「お前そんな姿だが、ガキじゃねえな?  年寄り臭え話し方だし、本当はジジイかオヤジだろ?!」  「はっはは。妖気が強けりゃ、幾らでも若作り出来るってもんよ。  人型の姿なんて仮の姿みたいなもんだしな。」  冠羽は腕を組み、歯を見せてケラケラと笑う。  「冠羽おじ様……。」  八重が呟く。正直嬉しそうな顔ではなかった。  「おじ様?  この青鬼と知り合いなのか、八重?」  カムナが聞く。  「ええ。姿を見た後すぐに気絶しちゃったから説明出来なかったけど。  その、私の……父の友達よ。」  八重は気まずそうに目を逸らす。   冠羽はその八重を見て一瞬悲しそうな表情をしたが、切り替えるようにまた笑顔を作る。 「すまねえな。八重はちゃんと家の中に泊めてやりたかったんだが、その坊主が気絶したまま全然手を離さなくてな。仕方なくそこに寝かしたんだ。  ほら、坊主は他所の鬼で、村の連中が怖がるから……。」  「お気持ちだけで十分です、おじ様。助けて頂いてありがとうございました……。」  八重は一瞬だけ目を合わせて礼を言った。  「おいおい、仕方なく夜光や俺様を連れて来たって風に聞こえるんだがよ?なら、とっとと出てこうぜこんな所。」  「……私も、出て行きます。」  悪態をつくカムナに、八重も同調する。  「ちょっと待て。両方とも用があるんだ、儂は。  悪いが出て行って欲しいのは、その赤鬼の嬢ちゃんの方だよ。」  珠は首を振る。  「い、いやじゃ!兄上と八重ねえからもう離れない!折角会えたんだもん!」  「赤鬼は喧嘩っ早いからな。  他の部族を潰す事しか考えてねえ連中だ。嬢ちゃんみたいな子供でさえ争いの種にしかならんのさ。」  冠羽は優しく笑うが、やや声を強張らせて厳しく言う。  「八重ねえ達の約束守るから、良い子でいるから、お願い……!元の所に連れ戻されたら、今度はきっと二度と会えなくなっちゃう!」  珠は首を振る。  「……。」  夜光は怯える珠をじっと見ていた。  初めて珠を見た時、その身なりから察するに同じ仲間の赤鬼から丁重に扱われていたのだろうと思い、彼女の事があまり好きになれなかった夜光。  しかし今の珠は、夜光に幼い時の彼を思い出させた。  野良鬼に襲われ、人間から拒絶、もしくは直ぐに分かれるざるを得なくなり、1人カムナを抱いて彷徨い続けていた頃の彼だ。  特に「一緒に居たい」と思えた人々から離れ無くてはならない辛さは、他人事に出来なかった。  夜光は溜息を吐いて、珠を庇う。  「こいつを追い出すなら俺も一緒に出て行く。それで良いか?」  怠そうな表情だが、いつもよりもハッキリと喋っている。  「私も用が済んだら直ぐにこの子と出て行きます。  冠羽のおじ様、何とかなりませんか?」  八重も嘆願する。  「はあ、分かった。  でも村の人間が不安がるから角は隠せ。それで1日だけなら許してやる。でも少しでも粗相をしたら叩き出すからな。  それに、今日は『特別な日』だからな。  いつもは100の内1しか許さない所を10許してやる。」  冠羽は渋々同意した。  「もう少し休んだら外に来な。鍵は開いてる。」  そう言って出口の方を親指で指差し、去って行った。  珠は驚いたように夜光の方を振り向く。  初戦で冠羽に負けた夜光の事を少し肩透かしに思っていたが、今の彼女の目には彼が頼もしい存在として映っていた。  「意外とお兄ちゃんらしい事も出来るのね。」  「全く……、兄貴面しやがって。どうなっても知らねえぞ。」  周りで八重とカムナが茶化す。  「兄上……、ありがとう!」  「ぴったりくっつくな。気持ち悪い……。」  珠に頬擦りされ、夜光は少し照れ臭そうに顔を逸らした。
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