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3.
夜光達は岩の牢から外に出る。
出たその場所は崖の上だった。
下を見下ろすと、開けた岩場で村人らしき男達が何やら作業をしているのが目に入った。祭事に使う船を造っているようだ。
他、近くの小屋の窓から湯気が立ち、そこから竹ザルを持った女達が出入りしている。
更にその開けた岩場より下の遥か遠くの麓には、10に満たない数の茅葺屋根の家屋や、斜面に沿って段々に作った水田が見えた。
人口30人程度の小さな山村だった。
夜光達が立っている場所は山の上らしい。
「おーい、こっちだ!」
冠羽が崖の下から呼ぶ声が聞こえる。
下に行くと、冠羽が岩の祭壇で横になっていた。
寝台にも見えるが、背もたれが付いている長座椅子の機能もある。
彼は若い女達に囲まれ、特大の徳利に入った酒を煽っている。幼い少年のような姿ではあるが、やっている事は荒くれ者が女遊びをしているようにしか見えない。
彼の後ろには洞穴があり、その入り口には恭しく丸太のように太い注連縄(しめなわ)や幣(ぬさ)で飾られている。
「改めて挨拶させて貰う。ここの『鬼神』をやらせて貰ってる、冠羽だ。
ようこそ、阿陀護(あたご)村へ。」
女達のはだけた着物から胸元や腿が見えるが、夜光はそれを何とも思わず、ただ怪訝そうに冠羽を見ている。
「へっ、偉そうにしやがって……。
人間達を術で操って従わせて、山の神でも気取ってるのか?あぁん?」
カムナがつっかかる。
「操って従わせる?そんな赤鬼みてえな事しねえよ。
『共存関係』にあると言って貰いてえな。
野盗や侵略者、悪意を向ける人間達、それから人間を喰いたい鬼や支配したい鬼、そして自然の力。あらゆる脅威から儂がこの村を守ってんだ。
もう30年位になるかな……。」
「根暗で縄張りに閉じこもって何してるか分かんねえ『青鬼』らしいぜ。脳味噌筋肉で直ぐキレる赤鬼と比べたらマシだがな。」
カムナは顎を開いて警戒するが、夜光は興味を示す。
「俺と同じ、人間を守っているのか……。」
「おいおい、そんなにお人好しみたいに言うなよ。
儂は鬼だ。自分の身を守れない弱き者達をタダで助けやしない。
守りの対価には、『畏怖』と『供物』、それから『娯楽』を要求している。そりゃ、村人達は儂を『鬼神様(おにがみさま)』と畏れ敬い、毎日酒と飯を捧げて、相手をする生娘を差し出して来るもんさ。」
冠羽は近くにいた女の顔に接吻し、怪しく笑う。
「ふふふ、『キツイ農作業』と『鬼神様の話相手』って言われたら、鬼神様の相手の方が楽だもんねー。どうせ、適当にお酒飲ませていい子いい子してれば後は勝手に潰れて寝ちゃうし。」
女の1人が言う。
「えっ!?」
「そうそう、抱き付いてスケべな事ばっか言うけど、無理矢理押し倒したりして来ないからねー。」
「それに雛菊ちゃんが奥さんだから、変な事出来ませんよねー。」
若い女達がキャッキャと笑いながら各々の腹の中を暴露する。
「っぶはっ!!儂がいつ雛菊をカカア(妻)にした!?子供の言う事を真に受けんな!」
冠羽はむせながら指摘する。
すると、何処からとも無く雛菊が走って来る。
「冠羽ー!昼間から飲んでちゃ駄目でしょ!
見回りのお仕事して来ないと夕飯抜きですからねっ!」
「うるせいやい!『祭り』の日ぐれえ、いいだろ別に!」
舌足らずの雛菊に説教される冠羽を見て、若い女や周りで作業してた村人達がどっと大笑いする。
「お前ら、儂をもっと敬えって……。」
冠羽は指摘するのが面倒臭くなって不貞寝した。
「鬼神様……ねえ。随分と緩い上下関係だな。」
カムナが興味無さそうに言う。
一方、夜光はその光景を好意的に見ていた。
(何でだ……。凄くあったかい感じがする。)
(人間をこんなに野放しにして、一緒に笑いあっている。赤鬼じゃ考えられないのじゃ……。)
珠はその暖かな光景を不思議そうに見ていた。
八重が手を挙げて、割って入る。
「所でおじ様。用って何です?」
「ああ、まずは坊主の方だ。八重はひとまず休んでいてくれ。
えっと、夜光だっけか?ちょいと一狩行こうや。」
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