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4.
一方、八重と珠ー。
彼女達は冠羽の寝ていた祭壇の近くで休んでいた。
珠は頭と体を覆う長い外套を着て、村人には鬼である事を隠している。
「兄上達遅いねー。」
「……そうね。」
膝を抱えている2人の側に、子供が走ってやってくる。
雛菊だ。胸に畳んだ服を抱えている。
「お姉ちゃーん!服、乾いたよー!」
後ろからは雛菊の母親らしき女性がしとやかに会釈し、歩み寄ってくる。
八重は畳まれた服を少し広げる。よく乾いている上に、シミ一つ残って無かった。
「洗ってくれたんですか?血塗れだったから大変でしたでしょう?」
八重は申し訳なさそうに謝る。
「ああ、いいんですよ。そんな事ー。
鬼神様のお知り合いですもの。」
雛菊の母親はおっとりとした口調で言う。
「私お邪魔している身なのに。手当てをして頂いた上に、お仕事増やしてしまってすみません……。」
「その装束、悪い妖怪とか赤鬼を退治してくれてる都の角狩さんなんでしょう?危険を省みず働いて下さっているせめてものお礼でもあるんです。気にしないで。」
「凄いよねー!女の人なのに、あの大きな刀を持って戦うんでしょー?!」
雛菊は後ろを指差す。力のありそうな男が八重の大太刀と道具を包んだ風呂敷を掲げていた。
「角狩様の武器ですし、下手に修理してもアレなんで乾拭きだけしときました。
しかし、凄いなー!女の子なのにいつもこんな重い物運んでるなんて!」
「あ、ありがとうございます。」
八重は戸惑いながら持ち物を全部受け取る。
その場にいた村人達は、彼女に尊敬の眼差しや、笑顔を向けている。
側にいた珠は誇らしく感じ、腕を組んで頷く。
しかし、八重は謙虚に受け答えをしながらも、落ち着かなそうに周りをキョロキョロと見ていた。
料理や飾り物の準備など、祭りの用意で皆慌ただしくしているのが目に入る。
「あの!何かお手伝いさせて頂けませんか?!」
八重は思い切って叫んだ。
調理場のある近くの小屋。
普段は冠羽用の食事を用意する時などに使われてる。
「ごめんなさいね。お昼の準備なんて頼んでしまって……。簡単でいいですからね?」
雛菊の母親が食材や調理器具のある場所などを説明する。
八重は長い髪をうなじの後ろで緩く束ね、襷掛けで着物の袖が邪魔にならないように準備している。
それを見て珠も腕捲りを始める。
「わらわも何かやるー!」
「うーん、しょうがないわね。火とか使って危ないから、ちゃんと言う事聞くのよ?」
「はーい。」
かまどの火を起こしてから数十分、釜の中の水が沸騰する。
そこに、すり下ろした生姜を入れる。
そこに洗った雑穀と米を混ぜ入れ、柔らかくなるまで煮る。
「おろし器危ないから、ちゃんと手元見てね。」
珠が皮を剥いた里芋を、竹のおろし器で摩り下ろす。
鬼故に力加減が上手くいかず、擦るどころか芋を潰して砕いてしまって唸る。しかし、諦めず取り組んでいた。
「や、八重ねえ!」
「どうしたの?!」
「手が痒いよー!」
「ああ。ぬめりのせいよ。
塩で手を洗うといいわよ。」
八重は甕から桶に水を汲んで、手を洗うのを手伝ってやる。
「本当だー!痒いのが引いたー!」
驚いて手の平を見せる珠を見て、八重がクスクスと笑った。
「後は私がやるから、座っていい子にしててね。」
数時間後。
夜光と冠羽が祭壇の方に帰ってくる。
夜光はあれから冠羽を上手く捕まえられなかったらしく、考え込んでいる様子だった。
「おう、昼飯みたいだから何か食わせて貰え。」
「……水が欲しい。」
「あっちの小屋に甕があるぞ。」
夜光は言われた場所に向かう。
行く先で何やら味噌のいい匂いがした。
周りでは休憩中の村人が美味しそうに椀の中の何かをすすって飲んでいる。
調理小屋の前に立つと、何か話し声が聞こえた。
「あら、いいわねこれ!忙しい時とかささっと食べれるし、体も温まるわ。」
「凄いでしょー、全部八重ねえがやったんだよ!」
雛菊の母親と珠の声だった。
夜光は扉を開ける。
振り返った珠が興奮気味で、夜光の手を引く。
「兄上、見て見て!
八重ねえが美味しいご飯作ってくれたんだよ!」
後ろの釜からは出来立ての雑炊が湯気を立てていた。
八重は照れ臭そうにしながら、椀に雑炊を盛って手渡す。
「熱いから気を付けて。」
と、わざわざ言うのは、以前の旅の途中、熱い物を飲み慣れていない夜光が度々舌を火傷したからである。
「……ん。」
夜光は何度か息吹いて冷ましてから椀の中身をすする。
里芋でとろみを付けた汁が舌に絡まり、味噌の香りが広がる。程よく蕩けた米や雑穀は噛むと自然な甘みが広がった。
夜光は目を丸くして沈黙した後、夢中になって箸でかき込む。
間髪入れず椀から最後の一滴まで流し込み、ほっと溜息を吐く。
「みそ、だっけ……?五暁院で食べた料理と似た味……。
でも、こっちの方が不思議な香りがするしトロトロしてて甘い。」
夜光は一瞬だけ安心したような柔らかい表情を見せ、空になった椀を両手で持ち、残った温かさの余韻に浸っていた。
「『りょうり』は下々の者やる事だって教わったけど、材料を切ったり擦ったり混ぜたりするの難しかったよ!でも、ちゃんと美味しく作れるのって凄いねー!」
「まあ。私、元々はあまり上手くなかったんだけどね。」
八重は困ったように笑う。
「あ、分かった!『はなよめしゅぎょう(花嫁修行)』したんだ!」
雛菊が声を上げる。
「うん?……うん。」
八重は少し辿々しく返事する。
「八重お姉ちゃんならきっと素敵な人の、いい『お嫁さん』になれるよね!」
雛菊は幼い目を輝かせ、憧れの眼差しを向ける。
幼子の何気ない発言。の、筈だった。
だが、八重の目は何処か遥か遠くを向き、焦点が定まっていなかった。
間を挟み、我に返ったように笑い出す。
「……そ、そうね。
あ、肩付けもやるから、みんな向こうで休みながら食べて!」
「私も大きくなったら冠羽のお嫁さんになれるように頑張ろーっと!」
「わらわも、兄上や父上にご飯作ってあげてみたーい。」
雛菊と珠はそれぞれの憧れを語り、無邪気に外へ駆けて行く。
小屋には八重と夜光だけが残った。
「……おかわり盛るわね?」
八重は夜光から椀を受け取ろうとしたが、手を滑らせてしまう。
しかし、夜光がそれを素早く取り、地面に落ちるのを防いだ。
再び夜光から受け取ろうとするが、指にちゃんと意識がいってないのか、また落としそうになる。
「ごめん、気が抜けすぎね!私……。」
八重は笑う。
夜光は八重の両手を自分の両手で包み込み、椀をしっかりと持たせてやる。
その夜光の手を見つめる八重の目は、何処か虚ろだった。
影の落ちた瞳は震え、艶やかな唇を少し開いている。
夜光の心の奥が騒つく。八重のその表情が色のある何かに感じたのだと、彼もよく分かって無い。
「八重……?傷が痛いのか?」
八重は手に力を入れ、釜のある方に向かって踵を返す。
「……何でもないわ!
おかわりは後から持って行くから、先に行ってて。」
八重は明るい声を出すが、一度も夜光の方を振り返らなかった。
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