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夜光は黒い鬼に変化し、八重と珠を両腕で抱きかかえる。
珠は不服そうなカムナを抱きかかえる。
八重の案内で森を駆け、谷川を跳ぶ。
八重が昨日墓参りをした場所に着く。
冠羽が火を消すのに起こした嵐のせいで、炭になった黒い木の破片などが散乱していた。
「やっぱり酷い事になってる……。片付けないと。」
「珠も、お手伝いするー!」
「夜光は休んでいて。ここまで有難う。」
八重は笑みを作る。
「俺も何かする……。」
夜光は頭を掻きながら、珍しく自主的に参加する。
3人は手分けして散らかった木片やガラクタを拾い集めて綺麗にする。
「お花も上げなおさないとね。
出来れば秋の七草を揃えたいんだけど、森が焼けたせいでもう無いかもしれないから、せめて萩だけでも……。」
「花の事、全然わからない……。」
「まあお前の事だから、食える花しか知らねえよな。」
「ススキと桔梗ならわかるよー!探して来てあげるね!」
今度は草の根を分けて花を探す。
説明された花の特徴を元に、夜光と珠が地面に伏せながら隈なく探す。
3人がかりでどうにか7種類の花を集め終わる。
「あはは!兄上、顔変だよー!」
珠が指差して笑う。
夜光の鼻や頬は煤や土で汚れていた。
「……お前だって汚れてる。」
夜光はムスッとしながら、珠の鼻を手首で擦る。珠はくすぐったそうに大笑いする。
八重はそのやり取りを見てクスッと笑った。
「珠ちゃんも夜光も、着物煤だらけになっちゃってごめんね。帰ったら洗濯するから。」
「ついでに俺様も顎と髪が汚れたから洗ってくれ。宝玉を扱う慎重さで頼むぞ。」
「はいはい。カムナもね。」
事前にやるべき事が終わり、3人は太い桜の木の前でしゃがむ。桜は真ん中から上が折れて無くなっており、所々黒く焦げていた。
八重は桜の根元にある丸石に花束を添える。
目を閉じ、黙って手を合わせる。
珠も見よう見まねで手を合わせる。
手を合わせる前、夜光は『墓参り』について八重から説明を受けていた。
夜光はいつも腰帯に挿している赤メノウの玉簪(たまかんざし)にそっと触れる。
黒い鬼に変化するきっかけを与えてくれた、亡き命の恩人を思い出す。
手を合わせ終わった後、珠が何かを見つけて指差す。
「八重ねえ、見て!根元に燃えてない小さな木が生えてるよ!」
黒い桜の太い根と根の間。確かに小筆程の細さと大きさの小さな萌え木が真直ぐに伸びていた。
八重は手の平で口元を覆い、目を丸くする。思わず涙を溜める。
「根元が無事ならそれを栄養に成長していける……!
小さくても、この子供の木が咲かせた桜の花が毎年『この人』を慰めてくれる……!
……良かった。」
感極まり、雫が頬から顎や唇に幾重にも流れる。
夜光の前で初めて泣き顔を見せた八重。
人知れず、その表情だけを脳裏に焼き付ける。
(嬉しいのに……泣いている。)
「八重ねえにとって、本当に大切な人なんだね。
どんな人なの?」
珠が聞くと、八重は慌てて涙を拭って冷静を装おうとした。
「……そうね。何にも変えられない、かけがえの無い人よ……。
私が私でいられるのも、私が私を好きでいられるのも全部この人がいてくれたから……。」
八重は自然と穏やかな顔をしていた。その表情はずっと墓石に向けられている。
それは夜光が見た中で、一番温かく優しい表情だった。
周りにいつも見せる笑みとは違う、何か特別さを感じる眼差し。
(何故だろう。その顔で俺の前に立って欲しいと思った……。
八重が人間なら同じ人間を好くのは当たり前の事だ。でも、きっと鬼の事はここまで好きになってくれない。
分かっているはずだ。なのに、本当に、何でだ……。)
夜光は少しだけ胸に圧迫感を感じた。
3人は冠羽の村境まで戻って来る。
夜光と八重は珠にせがまれて、珠の両手を持って振り子のようにして遊んでやっている。
「しゃぐな、チビ!調子に乗ってるとすっ転ぶぞ。」
カムナが珠を嗜める。カムナの髪は今珠が巻いている。
「大丈夫だよー!兄上と八重ねえが手繋いでてくれてるもん。」
八重と夜光は無邪気な笑顔を見守る。八重は妹を見るような優しい眼差し。夜光は幼子と遊ぶのに慣れていない為、少しぎこちない感じがする。
3人の背中を夕日が照らし、やがて沈む。
「あ、空が綺麗だよ!」
珠は2人の腕に捕まって一回転し、その時に見えた景色に感嘆の声を上げる。
茜色の空はくすんだ青色をにじませ夜の色に変わっていた。
星が一つ輝いている。
3人で後ろを振り返り、空を見上げる。
(子供の頃も、こんな景色を見た気がする。
確か俺に優しくしてくれた鬼が1人だけいて、そいつと遊んで、でも直ぐに別れて……。)
夜光は幼い時に、とある谷で出会った、朱色の髪の優しい少年鬼の顔を思い出す。
その少年鬼・陽光が自分の敵対する朱天鬼の子息であった事を、この時の彼はまだ知らなかった。
夜光は空の美しさで胸の奥が震えるのを感じた後、珠そして八重の顔を横目で見る。
(気の合った奴とはずっといられない。それが悔しかった……。
でも今は、こいつらや角狩の奴らがいる。
出会った奴らと別れない為に、やっと見つけた居場所を守る為に、戦っている。強くなろうともしている。
例え、人間が人間に向ける『抱きしめたいと思う、温かい気持ち』が得られなくても、一緒にこの空を見続ける為に戦う……。)
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