6話/烈風の鬼・後編

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6.  日が沈んだ後。  夜光達は冠羽の手を借りて再び村に入る。  里から祭壇のある山の方を見上げると、橙色の明かりがぼんやりと光っていた。  祭壇のある場所まで上がると、大きな篝火が燃えていた。  20人で囲んでも囲みきれない程の大きさだった。  火柱が夜空を照らす。    「何だあ?火事か?」  カムナが言う。  「ちげえよ。祭りが始まったんだ。」  冠羽が指差す。  火の周りには村人が集まっていた。  着物を襷掛けした男達が榊の枝を持って篝火を囲んでいる。  威勢のいい声を上げながら榊を剣のように大きく振って、火の周りを踊るように進む。  その外側では太鼓を叩いたり、竹笛を吹いて調子を付けている者達がいる。  「ああやって榊を剣に見立て、火と共に、邪な物を追い払うんだ。」  冠羽が説明する。  「どうもー、遅くなりやしたー。これ、今年の差し入れですー。」  夜光達の後ろから異形の生き物が現れる。  何と鬼だった。  青い体色にずんぐりむっくりとした体型で、冠羽の鬼形態の姿と野良鬼を足して割ったような姿だった。  肩には角や牙を折った鹿や猪を担いでいる。  身構える夜光を冠羽が制する。  「大丈夫だ。全員儂の知り合いだ。  隣の奥山でひっそり暮らしてる青鬼だよ。  普段は人間に会わないようにしてるから、儂みたいに人間の姿に化けるのに慣れてないのさ。」  「あらー!どうもー!  お変わりありませんでした?」  雛菊の母が丁寧にお礼を言う。  村の人間は冠羽の影響で青鬼に慣れている為、平気そうであった  青鬼の方も野太い声と粗野な見た目とは裏腹に、礼儀正しい振る舞いをしている。  「いつも通り、山奥でぼちぼちのんびりやってますよー。  あと、ほら。洞窟や沢で見つけた翡翠とか水晶も持って来たから奥さんや若いお嬢ちゃん達にどうぞー。」  「まあ、まあ、ありがとうございます!  今年もうんと食べて休んで行ってくださいね。」  一方、別の青鬼は赤ん坊を村人に見せている。赤ん坊は親に似ていた。  「ちっちゃーい!鬼の赤ちゃんってこんな感じなんだー!」  「ええ、今年の初めに産まれましたー。」  隣には伴侶らしき雌の鬼もいる。筋肉質な体に乳房などの女性的な部位が目立つ、顔は人間にやや近い。  青鬼達は夜光にも話しかけて来る。  「あ、お仲間発見。どうも〜。   髪が随分と黒いねー?どこの一族なのー?」  人間形態の髪色は、鬼形態の肌の色と同じ事が多い。  黒髪なら黒い鬼なのだろうが、黒鬼という種族は存在しない。だから彼らはそのように言ったのだ。  「う、うん……。」  無警戒過ぎる青鬼に、夜光は拍子抜けしながら軽く頷く。  「あと、このお嬢ちゃんは赤お……。」  「シーっ!赤鬼だって内緒にしてるの!」  珠は慌てて、小声で止めさせる。    「夜光は儂の弟子で、この子はその妹だ。色々事情があるもんでな。  それより早く飲みに行って来いよ。」  冠羽は青鬼達を客席へ上手く誘導する。  「じゃ、儂は特等席だからよ。  思い切り楽しんでいきな。」  そう言うと冠羽は祭壇の方に戻って行った。  冠羽の祭壇の背後にある、しめ縄の張られた洞窟の入り口には神棚が設置され、酒や榊の飾りが置かれている。    男達が篝火の周りで舞っている間、村の女達がゴザや酒などを運んで来る。  客人の青鬼達、そして夜光や珠達をそこに案内する。     「山の神様の方にもお供え済みましたから、どうぞ召し上がれ。」  ゴザには50人前以上もの料理が並ぶ。体の大きな鬼も同席するのだから当然かもしれない。  濁酒や山葡萄酒などの自家製の酒、アケビ、ヤマボウシ、くるみ、柘榴、林檎などの木の実、木の椀に盛られた里芋の煮付け。串に刺した川魚の焼き物。ブナシメジやヒラタケなどの香りのあるキノコと一緒に炊き込んだ握り飯。  村人に勧められるまま、夜光や青鬼達は料理に手を付け始める。  やがて、篝火の前で舞を終えた村人達も加わる。  「人間の料理も結構豪華だね!」  「お祭りだからよ。珠ちゃん、ご飯粒ついてるわよ。夜光も。」  興奮する珠と、夢中で食べている夜光。それを八重が世話する。  次の料理はまな板に乗せて大人の男2人がかりで運んで来る。  まず見立つのは、中央にドンと置かれた猪の頭だろう。その周りを飾るように朴葉(ほおば)に包まれた猪肉の焼き物が山盛りにされている。  地面の穴の中で体を丸ごと蒸し焼きにし、その肉を手の平の大きさに削いで、味噌や山椒を混ぜ込んだタレを塗って朴葉に包んで再び蒸したものである。    「あ、昼間に俺が仕留めた猪……。」  「お肉食べるの久しぶり!」  珠はウキウキしている。  「鬼なのに、肉食べないの?夜光も肉苦手らしいけど。」  「育った所ではいつも山菜とかお野菜ばっかだったよ。なんか、雌の鬼はお肉を食べ過ぎると『産む体』にならないんだってー。雄の鬼はお肉いっぱい食べてたけど。」  「ふーん。そうなんだー。」  「たまに出るお肉も小さい団子だった。あれ、なんの肉なんだろ……?」   珠は首を傾げる。  「おい、肝とかねえのか?魚の苦い所とか!!」  カムナが喚く。  そこへ舞を終えて戻ってきた雛菊がやって来て、目刺しを咥えさせてやる。  「カムちゃんも、ハイどうぞ。」  「ンゴっ、フゴッ!おう、気が利くじゃねえか。小娘。」     人も鬼も分け隔て無く、酒を注ぎ合い、冗談を言い合いながら料理に舌鼓を打つ。    祭壇の方では、冠羽が立ち上がるのが見えた。  いつに無く真面目な顔だった。  しめ縄のある神棚の前で跪き、目を閉じる。  「あ、冠羽の舞が始まるよ!」  「なんだ、なんだー?腹踊りでも始めんのか?」  カムナが茶化す。  「違うよ山の神様に今年も上手くいきましたって挨拶するんだよ。」  「ああ?『鬼神』の冠羽を祀ってるんじゃねえのか?」  「そうだよ。でも山の神様は大昔からここに住んでて、冠羽は後からやって来てみんなを守るようになったから、冠羽が後輩なの。だから毎年『ずっと仲良くしていきましょう』って印に舞を踊るんだ。  どっちの神様も村が豊かになれるように見守ってくれる。だからどっちも感謝するんだよ。」  冠羽は数歩下がって、緑の炎を纏って鬼に変化する。  そして片腕をすっと上げる。  すると、冠羽の頭上だけ雲が厚くなって水をひっくり返したような土砂降りが降り、直ぐに止む。  赤鬼よりも細く引き締まった筋骨隆々の体は艶かしく濡れ、篝火の光に照りつけられて輝く。  冠羽は肩に掛かった風袋のような膜をバッと広げ、水滴を振い落とし、ゆっくり舞い始めた。  始めはゆっくりそよ風に回る天女のように。それが段々蹴りを交えた突風のような緩急のある動きに変わる。  膜が旋風によって昇竜のような渦巻きを形作る。  その中で腕を振り上げ、勢い良く下ろす。  すると、夜空から小さくキラキラしたものが降り注いだ。  粉雪だ。  村人達から感嘆の声が上がる。  雪は地面をやんわりと湿らせて消えた。  「綺麗……!」  珠がウットリする。  (凄い……。妖術をこんな事にも使えるのか。)  夜光は手の平の雪をじっと観察する。  冠羽は舞を終えると、はしゃいだように跳び上がった。  「ほんじゃ、次はおめえらだっ!!」    篝火の周りに無数の影。  小さい影と、角の生えた大きな影が軽快に動く。  村人と青鬼全員が笛や太鼓の拍子に合わせて手を上げ、ヨイショと声を上げ、時には尻をぶつけ合って入り乱れて踊る。  その中には珠と雛菊の姿もあった。  「鬼と人間が笑っている……。  こんなのも、あって良いいのか……。」  夜光は安心したように微笑んでいた。肩から力を抜いて胡坐をかいて座っている。  「でも、ここや青鬼が例外なだけ。  外に出ればやっぱり鬼は人間を襲っている……。上手くいかない事の方が多いわ。」  八重は膝を抱え、燃える篝火をその瞳に映す。  「その癖に夜光や珠を受け入れてるのはどう言うこった?」  カムナが聞き返す。  「私は、命を大切にしない酷い奴が嫌いなだけ……。  鬼だから全部悪いって決め付けて、幼い子供や無害な鬼まで倒そうとしたら、見境無く人を襲う赤鬼達と一緒だもの。」  八重は膝に顔を寄せて悲しそうに言う。  そこに雛菊が現れ、夜光の手を引く。  「夜光お兄ちゃん。一緒に踊ろ!」  「踊るって何だ……。」  「音楽に合わせて楽しいって気持ちで体を動かしたいようにすれば良いんだよ。」  「うーん……。」  「それよりお兄ちゃん。八重お姉ちゃんを誘いなよ。」  「……八重を?」  「何か気になるんでしょ?ずっと見てたから分かるんだもん。  お祭りをきっかけに夫婦になった人もいるんだよー。」  雛菊は1人で頬を染めてキャッキャと笑っている。  「うえぇ、マセたガキはこれだから……。」  カムナが気持ち悪そうに舌を出す。    「夫婦……?」  「好きな人同士で結婚してずーっと一緒に仲良く暮らすんだよー。」  「一緒に、暮らす……?ずっと……。」  伴侶という概念を知らないのはさて置き、夜光の人生は定住とは無縁の存在だった。しかし戦いを終え、居心地のいい場所で腰を落ち着けたいと言う願望自体はあった。  (自分を受け入れてくれる人間と暮らす……。昔は出来なかったけど、今なら……。)  「ほーい。子達は全集合しろー。これから夫婦になる組もだ。」  冠羽が叫ぶ。  「八重、それから夜光。お前らも特別に乗せてやる。」  「おじ様?!」  「社会勉強だ。いいから乗んな。」  冠羽が八重を押す。
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