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顔を洗ったあと、リビングのソファーで新聞を読んでいたお父さんに「おはよ」、声をかけ――続くキッチンでパンをトースターに入れていると、奥で洗濯物を干していたお母さんが「芽愛里、おはよ」、来た。
「帰ってきたと思ったら、昨日はご飯も食べずに寝たけど……大丈夫?」
「……全然、大丈夫」
デカンターに入っていたコーヒーを注ぎながら答えていると「お父さんにも、くれないか」、新聞を持ってダイニングの椅子に腰掛けた。
息をついて、お父さんのマグカップにコーヒーを注ぎ「悪いな」、置きながら、目の前に腰掛ける。新聞を読みながら、コーヒーを一口飲む。
それをぼんやり見ながら、お母さんがマーガリンを塗ったパンを囓っていると「仕事はどうだ?」、お父さんと目が合った。
「……どうだって、何?」
眉を顰めると、新聞に目を戻す。
それだけ、だったけど。
心配していることが伝わった。
お母さんも、何か言いたそうな顔をしているけど……察しているようで、話しかけてこない。
数日、家に帰らず。
帰ってきたかと思えば、あいさつぐらいでパンを囓ってる。
いつもだったら、もっと――夏帆や睦月、松瀬くんのこととか、どうでもいい話題で話しを逸らしたり。もっと、もっと喋る、けど。
「……ごちそうさま」
食パンを口いっぱいに入れて、コーヒーで流し込むと、逃げるようにリビングを出た。
立ち上がった瞬間、2人の心配そうな顔が横目に映った。でも今、何か話すと、泣いてしまいそうで、何でも……言ってしまいそうで怖かった。
のろのろ階段をのぼりながら、ふと胸もとに手を当てていたことに気がつく。
でもそこに、ネックレスは――おにいちゃんは、もういない。
からっぽの手を握って、重い気持ちを溜息と共に吐き出しながら涙を堪えると――仕事に行く用意をして、家を出た。
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