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「僕はもう、好きではない」
私を見下ろしたまま、低い声で呟く。
「これからは、距離をおく」
好きじゃない?
距離?
どうして?
見上げる私から目を逸らし、エレベーターのボタンを押す。
どうして?
どうして?
答えてくれないことは、分かってるのに。
「わ、私は気にしてないよ!」
言葉を、止められない。
「金森くんを助けることは、分かってたから。私は、全然、だから」
でも、こちらを見ることもなく、エレベーターに乗るから。
「松瀬くん!」
叫んで、立ち上がって、閉まりかけたドアから滑り込み――少し驚いた顔をした松瀬くんに抱きついてしまう。
「これが最後なの? 終わりなの? どうして? 全然、分からないよ! 理由も教えてくれないの?」
こんなことしても無意味だと、つなぎ止められないと分かっているのに。
止められない、止まらない。だって。
「好きなの。離れたくない、傍にいたい」
冷たい目を見て、気持ちを押しつけている自分が嫌になる。同時に、気持ちを受け入れてくれない松瀬くんを壊したくなる。たくさんの凶器を抱えながらも――それでも、望みを探す。
「リツさん? またリツさんに、言われた?」
「関係ない。僕の意思だ」
淀みない言葉に、声に「辛いよ……苦しいよ」、子供みたいに泣きながら。
「……私の、ことが……嫌い、なら。もう、終わりだって……言うなら……」
胸もとを強く掴み、目を合わせる。
「松瀬くんのこと……忘れさせて」
表情のない漆黒の瞳は、どこまでも深くて。
首の後ろに触れた手は、氷のように冷たい。でも。
「芽愛里」
その囁きは。
今までの、どんなときより――。
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