消毒の一行

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消毒の一行

   近頃この街をうろつく蛍光色の制服を着た一行をよく目にするようになった。あいつらが我が物顔で街を闊歩するようになったのは国内で伝染病が流行した折とちょうど同じだった。  何様のつもりか知らないが、歩道がどれだけ狭かろうがお構いなしに、必ず横2列縦4組の計8人もの大所帯で規則正しく行進している。深々と帽子を被り顎の下から鼻の頭まですっぽりと覆うマスクで顔を覆い、ギョロリとした鋭い目をわずかに見えるマスクと帽子の隙間から覗かせて街行く人に食い入るようににらみを利かせていた。  一行は仰々しい機械を背負い、右左右の順番で歩道を行進する。そして背負っている機械の脇に着けられたランプが点灯し耳障りな警報がなると先頭の左に位置する者が 「警戒値測定!警戒値測定!至急発生源を発見し速やかに除菌を行う!」 と向こう三軒両隣まで響くのではないかと思うほどの声をだし、それまできっちりと箱詰めさた洋菓子の様に整列していた一行は、蜘蛛の子を散らすよに霧散し手当たり次第近くを歩いてる通行人に背中の機械から伸びたホースのようなものを向け何かを数値を図りだす。  少しでも抵抗したりそれを避けようとするものなら二人掛かりで、それでも足りないようなら三人掛かりで羽交い絞めにされ、数値を図り終わるまでは絶対にその場を動くことを許さなかった。あまり抵抗が続くようなら顔面を殴打されたり溝内を蹴とばされたり、とにかくその場に拘束するのためならあいつらはどんなことでもした。そして警報の発生源とされる人物が発見されれば除菌活動に入る。その景色はさっきまでのそれを遥かに上回るほどの悲惨さだ。  実際に先日見かけたときは腰の曲がった老婆が彼らの言う”異常値”の発生源だった。年のころはもう70は当に越しているだろうと見受けられ、彼女の腰は完全に曲がり切って上半身は地面と平行になっていた。発生源が見つかるとさっきまで散り散りになっていた一行は老婆を取り囲み一切の逃げ場を無くし、数値を図っていたのとは反対側から伸びるホースを老婆に向けた。 「警戒対象者発見除菌開始!」  マスクをしているから誰が言ったかは分からないが一行の誰かが一声あげると老婆を取り囲んだ一行は一斉に噴煙を老婆目がけて射出した。その煙は直ぐに老婆の姿が見えなくなるまで広がり、ごうごうと膨れ上がった煙の塊から酷い咳とともに 「もうやめて!許して!お願いします!やめてください!」 と悲痛な叫び声が聞こえる。 周りにいる連中は我関せずと通行するものもいれば、写真を撮ってsnsに投稿しているであろう連中もいた。しかし、誰一人として警察に通報したり一行の蛮行を止めたりする者は現れない。それもそのはず、彼らは国から正式に許可をもらってこの活動をしているのだから。彼らにして言わせればこれは公務なのだ。 「正常値確認!射出辞め!」  号令と同時に噴煙は止まり入道雲と見まごうほどの煙の塊も晴れ、すっかり衰弱しきった老婆が息も絶え絶えで蛍光色の一行に取り囲まれ地面に突っ伏していた。一行は周辺をもう一度調べ数値に異常がないことを確認するとまた隊列を組み直し規律正しく行進してどこかへ行ってしまった。これほどまでに衝撃的な出来事が最近では珍しくない。  妊婦も乳児も老人も誰であろうと彼らの機械が反応する者には容赦なく噴煙が浴びせかけられる。実際に被害者が煙を吸い過ぎて窒息死したケースだって珍しくない。しかし、お国も有事の際にはこれ仕方なしと黙認している。諸外国に伝染病対策に力を入れていることを示さないとインバウンドの足並みも遠のいてしまうからだろう。お上がこれではもうお手上げだ。  今だかつてこれほどまでに我々の人権が軽んじられたことがあるだろか。何の数値を図っているのかも知らされず逆らえば殴られ、運悪く異常値を出せば息もできないほどに煙を浴びせかけられる。こんな非人道的なことが許されていいはずがない。このような理不尽は一刻も早く排斥されるべきだ。 ―おっとこんなことを考えているうちに出勤の時間になってしまった。急いで支度を済ませて職務に向かわなければ。私は朝食の片づけを済ませ蛍光色の制服に袖を通しいつもの荷物を背負い公務へ向かった。
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