バケモノの最期

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バケモノの最期

 アクタン島で零戦が鹵獲(ろかく)されて以来、日本軍の進撃は止まった。調べてみたら何ということはない。零戦のあの機動力は徹底した軽量化によるものだったのだ。また、急降下において劣っていることも判明し、零戦との格闘を避けること、戦闘にもつれ込んでも急降下で逃げることが全軍に通達された。  さらに致命的なことに、軽量化によって零戦の防弾力は皆無に等しく、耐久性がないことが明らかとなった。また米戦闘機と違い脱出装置もなく、零戦は一発の銃弾で火を吹き、熟練な搭乗員を簡単に失った。  そのような多角的な理由で零戦神話は脆くも崩れ去り、最新型の米海軍機の登場も相まって、零戦の優位性はなくなった。  アランはパラシュートで脱出後、駆逐艦に救助され一命を取り留めていた。  入院中、ジョーンズが見舞いに来た。マリアナ沖で日本軍と戦い、帰還したという。 「すごかったですよ! 日本のやつらが来るから迎撃機を発進させろって命令が来てさ、全機発進させたんですよ。そのあと遠くを見てたらその通り、雲間から日本機が現れてさ。でもこちらは待ち伏せてんで、日本軍は狼狽して次々落とされていったんですよ。最新のレーダーのおかげらしいです。でも何機かはすり抜けてこっちに向かってきたんです。そしたらどこそこに高角砲を撃てという命令が次から次に下って。その弾がまた最新兵器らしくて、零戦に反応して爆発するんですよ! みんな七面鳥を撃ってるみたいだってはしゃいでて、私も撃たせてもらっちゃいましたよ」  ジョーンズは嬉々としてマリアナ沖での大勝利を報告した。  しかしアランは複雑な気分だった。自分が撃たれたとはいえ、正々堂々と戦い、そして完敗した相手が、こうも簡単に落とされるとは。まるで自分が侮辱されている気分だった。  アランはケガの療養後、戦闘機パイロットとして復帰した。退役してもよかったのだが、アランの中にどうしても煮え切らないことがあり、留まることを決意した。それは零戦ともう一度戦いたいということだった。  自分を撃ち落とした零戦が弱いはずがない。アランはそう信じ続けたかったのだ。東洋の神秘に取りつかれていたのかもしれない。彼は、自分の視界から消えた零戦を魔女のように感じていた。  しかし皮肉にも、この頃すでに日本の戦力は壊滅しており、飛行機同士で戦う機会は失われていた。その代わり日本は恐ろしい戦術を生み出すこととなる。  窮地に陥った日本軍がとった戦法は戦闘機で敵艦に体当たりをすることだった。特攻されたアメリカ艦船では阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられた。  しかしそんな捨て身の作戦も対策が取られ、艦に当たる前に落とされるようになっていった。  アランも出撃し、特攻機を何度か落としたが、彼の気が晴れることはなかった。彼は無抵抗の特攻機を落としたいのではなく、純粋に零戦と再戦したかったのだ。特攻機を落とすたびに、アランはむしろ憂鬱な気持ちになっていった。  そんな中、アランはついにある決心をする。その日彼は仲間に頼み込んで旧式の機体に乗せてもらった。そして特攻機の迎撃に出たアランは特攻機を素通りした。どうせ他の仲間が撃ち落とす。その確信が彼にはあった。無線が入ったがアランの耳には何も聞こえなかった。ただ全速で特攻機の来た方角を突き進んだ。  ようやく目的の物に追いついた。そう、彼は特攻機を直前まで護衛している直掩機(ちょくえんき)を追いかけていたのだ。奇しくも相手の零戦も新式の五二型ではなく旧式の二一型だった。あの時の再現がついに実現した。  アランは笑いが止まらなかった。相手に気づかせるためにわざと外して機銃を撃った。零戦がようやく気づき、旋回戦が始まった。何度か後ろを取られそうになり、アランは急降下した。そしてついに千載一遇のチャンスを得た。  急降下についてこれなかった零戦の後ろを取り、アランは叫びながら掃射した。零戦は火を吹き落下していった。母艦まで燃料が足りなくなったアランは直近の空母に降り立つことにした。  母艦までの燃料を補給する間、命令違反で大目玉を食らうだろうなどと考えながら、立ちすくんだいると、傍にいた乗組員が話しかけてきた。 「おい、日本兵を捕虜にしたらしいぜ。あんたが撃ち落としたやつじゃないのか?」  人だかりのできている所へ向かうと、日本の軍服を着た年端も行かぬ少年が倒れこんでいた。アランはひと目見てやるせない気持ちになった。自分が必死になって幻影を追い求め、戦っていた相手が未熟な子供だったとは……。  アランは少年と目が合った。 「バケモノだ……。バケモノだ……」  少年は同じ言葉をしきりに繰り返していたが、アランには通じなかった。
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