バケモノの弱点

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バケモノの弱点

 技術中尉のロバート・カームスはアクタン島に降り立った。ここはアリューシャン列島の島の一つだ。先日不時着した零戦を発見したとの報告を受け、急いで回収チームが組まれた。ロバートはその指揮を執るように任命された。  ぬかるみを歩いていると同行中のウィリアムが話しかけてきた。彼とは兵学校からの付き合いで、年下の彼をロバートはよく面倒を見ていた。人当たりが良くユーモアがあり、誰からも好かれる彼であったが、そんな彼に一つだけ欠点があるとロバートは常々思っていた。 「しかしあの、風の便りに聞く零戦を手に入れることができるとは。いったいどんなバケモノなんでしょうね。中には零戦が瞬間移動した、なんて言う者もいるらしいですよ。東洋人はどんな魔術を使ってくるか分かりませんからね。もしかすると、もう零戦はなくなってるかもしれませんよ」  ウィリアムは身震いをした。この男はでかい図体をしているくせに、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類に滅法弱い。また、根が純粋なのか何でも信じ込んでしまうタチであり、技術士官たるロバートはそんな彼のオカルト的な言動に辟易(へきえき)していた。 「ウィリアム、この世に魔法なんてものは存在しないよ。いつも言ってるじゃないか。どこかに恐怖心があるから、魔術だ、幻術だなどとたわいない物を信じてしまうんだよ」 「で、ですが、何人もの人が消えるところを見ているのですよ?」 「ただの錯覚さ。君だって物や人が消失するマジックを見たことがあるだろう? あれは錯覚を利用しているのさ。他にはいつのまにか右手のコインが左手に移動してるマジックもあるね。あれは観客の注意を別のことに引きつけてる間に、高速で移動させてるのさ。手品には必ずタネがある。消えたゼロにもトリックがある。私は機銃を撃つときに一瞬目を離しただけだと思っているがね」  ウィリアムは相変わらず渋い顔をしていた。ロバートはこの男には何を言っても無駄だと肩をすくめた。しかし頭の回転の速いロバートは別の見地から説得を思いついた。 「まあ、いいさ。君の言う通りゼロがバケモノだったとしよう。しかしウィリアム、弱点のないバケモノは存在しないのだよ。ドラキュラは十字架とニンニクに弱いし、メデゥーサは目を見なければいい。我々はこれからその弱点を探しに行くんじゃないか。もっと陽気に行こう」  やがて稜線に隠れていた目標物が見えてきた。  機体を反転させて、零戦が転がっていた。
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