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「あれ、お母さん、もう帰ってたの」
懐かしい写真を秋一としばらく眺めてから帰ると、先に帰宅していたらしい母がちゃぶ台に仕事の書類を広げていた。そんな母の許に駆け寄り、リュックサックから写真の束を取り出して見せる。
「お母さん、しゅうちゃんの写真があったよ!」
僕の言葉に信じられないような顔で目を見開き、母は写真を受け取った。
「……これ、あの公園で撮ったの?」
一枚、二枚と写真を見た母が、呆れた面持ちで溜息を吐いた。公園で秋一と見た後に順番をよく考えず重ねた写真だったが、どうやら上の十枚が今日撮ったものになっていたらしい。
「しゅんちゃん、さっき佐藤さんから聞いたんだけど、あなたよくこの公園で遊んでるらしいわね」
「えっ、見られてたの」
「いつも友達と会うと言って出掛けてたけど、嘘だったのね。この写真……」
「この十枚は無視して!」
慌てて公園で撮った分の写真を母の手から奪う。上から一、二、と数えながら、十枚目までを取り上げると、十一枚目の写真が現れた。
十一枚目は、大きく誕生日ケーキを写した写真だった。秋一の名前が書かれたプレートの乗ったそのケーキに、隣で母が息を呑むのが分かった。
微かに震える母の手がそれを捲る。二枚目の写真には、迷惑そうに苦笑いを浮かべる秋一が写っていた。
「しゅうちゃん……!」
母の瞳から大きな涙が零れた。
雫の落ちた写真が捲られ、今度はケーキの乗った皿を掲げ、なんとも言えない下手な笑い方をしている秋一の写真だった。その次は嬉しそうに目を細め、口許を誕生日プレゼントのゲームソフトで隠した秋一。カメラを向けられて逃げる母の後ろ姿。二人並んで此方にピースサインを向ける僕と秋一。カメラを引っ張っているせいでぶれた僕の顔のアップ。そして秋一と父のツーショット。
父はこういう時にいつも人の写真を撮ってばかりで、家族のアルバムに収まる写真には父がほとんど写っていなかったからと、僕が父と秋一を写したものだった。
そこで写真を捲る手が止まり、母は顔を覆って泣き崩れた。
「この人が、この人が……」
うわ言のように母は呟く。僕は母の言う『この人』と秋一が写る写真を取り上げ、部屋の隅に佇む黒い仏壇に供えられたリンゴの隣にそれを置いた。
「遺影もなかったもんね」
言ってしまえば、確かに父のせいだった。僕達が住んでいた、あの公園のすぐ近くにあった家が火事に遭った原因は、父の煙草の火の不始末だったらしい。
父は決してヘビースモーカーではなかった。疲れた時に、少しだけ喫う人だったのだ。そしてその日は、数ヶ月に渡る大きな仕事を終えた直後で、寝不足と疲労が父の意識を朦朧とさせていた。
僕の部屋は一階の母の部屋のすぐ隣に与えられていて、真夜中に火事に気付いた母がすぐさま僕を起こしに来た。寝ぼけ眼でリュックサックを背負う僕の手を引いた母は、次に父と秋一の部屋がある二階へ向かおうとしたものの、出火元である其処は既に消防士でもない人間が踏み込める状態ではなくなっていた。
母は僕を連れて外へと転がり出て、近所の人が呼んだ消防車が来るのを泣きながら待ったが、真夜中だったせいで火事の発覚が遅れたためか、家は写真の一枚も残さず全焼してしまった。
けれどその後あの公園で再会した秋一は「今でも父さんは大好きだよ」と笑っていたから、僕も父を恨んではいない。
「お父さんが写ってる写真ってあんまりなかったから、あって良かったね」
仏壇に手を合わせながら僕が言うと、母は秋一と父の名前を呟きながら、枯れてしまうんじゃないかと心配になるくらい泣き続けた。
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