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バケモノたちの狂宴
当日指定された場所へ行くと、黒い車が止まっていた。そして車内へ乗り込むと、目隠しをするように指示を受けた。初観戦者は必ずそうする決まりで、リピーターとなるなら次回からは不要ということだった。一回で辞退する人も多く、このようなシステムをとっているそうだ。それほど過激なのかと思うと、まだ見ぬ金持ちのみの大会というものに現実味が帯びてきた。
「こちらからお降りください」
目隠しを外されると、どうやら私はビルの中にいるようだった。目の前には扉が開かれ、階段が下に続いていた。階段は想像以上に長く、ようやく出口にたどり着き、さらに扉を開くと割れんばかりの歓声が耳をつんざいた。
そこは古代ローマの円形闘技場のようだった。中央には巨大なリングが設置され、上から何台もの照明で照らし出されていた。また、客席は無数の客で埋め尽くされていた。
そしてもちろん、ひと際目を引くのが中央で対峙している競技者たちだ。巨大なスクリーンに映し出された映像を見る限り、一方は巨大な人間で、もう片方は見たこともない生物だった。例えるならワニのようだったが、急に首が伸び、相手に噛みつこうと襲い掛かった。
金持ちたちの道楽とは危険生物との格闘戦のことだったのかと推察していると、横から会長が現れた。
「おお、来たかね。どうじゃ、圧倒されるじゃろう?」
「格闘技とは、異生物との闘いのことだったんですか?」
私は思ったままを口にした。
「いや、そうではない。半分は正解じゃがね。君の答えを訂正すると、どちらも人ではない。両方ともバケモノじゃよ」
私は言葉の意味を読み込めず、次の言葉を待った。
「ここは企業の技術力を披露する場、とでも言おうかね。ほら、あそこに座ってる人が見えるじゃろう? ここ最近不正疑惑で会見の映像が流れまくってる門田社長だ。それからこっちは常連の伊地知防衛相長官……」
会長は不敵な笑みを浮かべながら著名な顔ぶれを紹介した。たしかに顔を見たり名前を聞いたりしたことのある重役や政府要人がびっしり並んでいた。
「ここで注目されればその会社の株は上がるし、この怪物どもを買いたい者は大勢いると言うわけじゃ。用心棒や生物兵器なんかとして価値がある。おっと口が滑ったか……」
会長はこちらの様子を楽しむようにチラリと横目でこちらを伺った。
ちょうどそのとき大きな歓声が上がった。リングでは先ほどから噛みつこうと襲い掛かったいたワニのような生物が、首を掴まれ、怪力で引きちぎられるところだった。
「はは。ほれみろ言わんこっちゃない。賭けはワシの勝ちじゃ。四足歩行はどうもいかん。水谷工業の奴ら、相変わらず何も分かっちゃおらん」
会長は手を叩いて喜んだ。
「さあ、前座は終わりじゃ。こちらに来たまえ。特等席を用意しておいたぞ」
その後も次々と異形の怪物が現れては勝敗が決していった。中には火を吹くものや、ミノタウロスのようなもの。さらに顔面が崩壊しているものや腐敗臭を放つものなどありとあらゆるバケモノが出てきた。
しかし私は、なによりそれらが殺されるときの様子に吐き気を覚えた。血しぶきが飛び、業火に焼かれる断末魔。決着がつくたびに観客はスタンディングオベーションをしていたが、私は帰りたい一心だった。
「会長、申し訳ありません。気分が悪いので帰らしてもらえないでしょうか?」
「ううん? そうか。まああと一戦だけ観ていきなさい。いよいよワシの選手の出番じゃ」
言うが早いか、選手が入場してきた。一方はやけに小柄なヒト型で、子供のようだった。顔はマスクをしていて、男か女かは分からない。もう一方もヒト型ではあるが、背中から幾本もの触手をうねらせていた。
「ワシのは小さい方じゃ。目を離すでないぞ」
会長はこちらに目を向けず、食い入るように自分の選手を見つめながら口に出した。
勝負は一瞬で決まった。ゴングが鳴ると同時に一方のヒト型の上半身は床に落ちていた。背中の触手のみがまだ動いていた。
「はは、見たかね。計算通りじゃ。大仰な拵えより速さに勝るものなしじゃ」
手から血を滴らせながら、小柄なヒト型はマスクを取った。するとすぐさまヤジが飛んだ。
「よっ! すごいぞ! バケモノ!」
そのヒト型は長い髪のおかげでかろうじて女だと分かるものだった。顔は全域が爛れ、目や鼻のパーツは正しい位置に存在していなかった。
彼女はしばらくキョロキョロしたあと、こちらを向いて顔を止めた。そして……
「おじいちゃん、私勝ったよ!」
少女は無邪気に手を振って飛び跳ねた。
私は眩暈がし、すぐさまこの場から立ち去ることに決めた。ただ、一言言わずにはいられなかった。
「会長、あなたは最低です。ヒトじゃありません。バケモノはあなたです。いえ、ここにいる観客全員がバケモノでしょう」
会長は気にする素振りも見せず、笑いながら口を開いた。
「ほう。そう言われたのは初めてじゃよ。言い得ておるかもしれんな。しかし残念じゃよ、君のような体格なら、立派な選手になれたかもしれんのに。ところでこの間孫があげたアメ玉は美味しかったかね? あれは我が社の新製品で、孫も喜んで食べておったものなんじゃが」
大口を開けて笑う会長に、私はたしかに牙を見た。
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