会長との出会い

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会長との出会い

 私はとある企業で働いている。世間では名の知れた大企業で、表向きは医薬品を研究・開発している。一社員でしかない私は、日々の仕事を粛々とこなし、普通のサラリーマンの生活を送っていた。しかしひょんなことから企業の裏の顔を知ってしまう。  ある日のこと。私はトイレを済ませ廊下に出ると、一人の少女が泣いていた。こんなところに子供がいるのはおかしいと(いぶか)しんだが、誰かの子供だろうと思い直し声をかけた。 「お嬢ちゃんどうしたの? 迷子? パパとママの名前は分かる?」  泣きながら少女は答えた。 「おじいちゃんのお仕事についてきたの。でもはぐれちゃったの。部屋にいるように言われてたのに」 「そっか。じゃあおじいちゃんの名前は分かる?」 「おじいちゃんって呼んでるから分からない。でもみんなはかいちょうって呼んでるよ」  私は唾をごくりと飲んだ。どうやらこの()は、我が社の会長のお孫さんらしい。会長の部屋が最上階にあるのは知っていたが、当然平社員の私が訪れたことはない。受付に電話し、指示を仰ぐことにした。    受付を通すとすぐに会長室に向かうよう指示を受け、扉の前に立ちノックした。会長というからには(いか)めしく、私は勝手に身構えていたのだが、当の本人が出てくると肩透かしを食らった。会長は満面の笑みで両手を上げて孫を迎え、大げさに抱きついた。  数秒のハグののち、会長が顔を上げ、私と目が合った。 「君が孫を見つけてくれたのかね。この部屋で待ってるように言ったんじゃが、おてんば娘でね。ほら、お礼を言いなさい」  孫と一緒に頭を下げる会長を見て、怖い印象が吹き飛んだ。それどころか孫にデレデレのおじいちゃんといった雰囲気が、私には微笑ましく思えた。  翌日仕事でパソコンと向き合っていると、部長から呼び出された。何かヘマをしてしまったかと恐縮していたが、むしろ吉報であった。 「昨日お前、迷子の会長のお孫さんを見つけたんだってな。それで、会長がぜひお前をお食事に招待したいそうだ」  部長は肩をポンと叩いた。 「部下が褒めてもらえて私も嬉しいよ。粗相のないようにな」  食事は高級なレストランにお招きいただいた。いや、高級という表現では物足りない、私が人生で行った中で最高級かつ、二度と行けないようなレストランだ。  私は会長を前に何を話したらいいか分からず、 「へえ、すごいですね」  や、 「はい、ええ」  と相槌を打つことしかできなかった。  我ながら盛り上げに欠けると自身の情けなさに落胆していたが、同席していた会長のお孫さんに救われた。席をちょこちょこ立っては 「これあげる~」  と自分の料理を私の口に差し出したり、 「ねぇねぇお兄ちゃん」  と、私と会長の会話に割り込んだりしてきた。  おかげで沈黙が続くような気まずい空気はなく、今度は私がこの娘に感謝したいくらいだった。  そうして宴もたけなわとなった頃、会長が唐突に切り出した。 「ところで君、格闘技は好きかね?」  突然の質問に私は一瞬ひるんだ。 「実は君の履歴書を見せてもらってね。学生時代に柔道で優勝経験があるそもうじゃないか」  なるほどそういうことかと納得し、私は回答した。 「ええ、まあ県大会でですが。全国では初戦敗退したので、それほどすごくもないですよ……。それから柔道以外はさほど詳しくはないですね。ボクシングやプロレスなんかは全然分かりません」  会長は露骨に肩を落として見せた。 「そうか。それは少し残念じゃ。いや実は、今度我々が主催する大会があってだね、君もどうかと思ったのじゃが」 「へえ、さすがですね。何のスポーツなんですか?」  会長は片方の口角を上げ、得意げに説明をし始めた。 「総合格闘技のようなものだと思ってくれればいい。少し過激じゃがね。いやなに、どうも我々のような人種は普通のことに飽きてしまうタチでね、血を見ずにはいられないらしい。いつ頃からか有志で始めた大会なのじゃが、結構大きくなってきてね。もちろん一般人は入れないし、そんな大会があることも知らない。今度私の飼っている選手がデビューするので君にも見てほしかったのじゃが」  会長にそう言われて断る理由はなかった。なにより純粋に好奇心が上回っていた。金持ちしか観れない大会、さぞ白熱することだろう。 「おお、来てくれるかね。では後日迎えを寄越そう」  満足げな会長を尻目に、お孫さんが再びやってきた。 「お兄ちゃん、これあげる~」  開いた小さな手の平にはアメのようなお菓子がちょこんと乗っていた。 「ありがとう。とってもおいしいよ」 「孫も君のことを気に入ったようですな」  会長は笑みを浮かべてその光景を眺めていた。
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