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警報
僕が「メッセージ」を目撃したのは、近郊のショッピングモールに出かけて、吹き抜けをぐるりと囲む通路を歩いていたときだ。
「佳也、引っ張らないで。そんなに早く歩けない」
間の悪いことに、僕は妻の美莉と腕を組んでいた。
秋に生まれる子どものために、マタニティ用品を買い揃えようとしていたのだ。
美莉はもとより飽きっぽい性格だったが、お腹が大きくなって動きづらくなり、つねに暇を持て余していた。
一緒にいるときは、僕が絶えず面白い話題を提供しないと機嫌が悪くなる。
―― バケモノ ハ オマエ ノ ――
僕の正面、目と同じ高さの何もない空中、手を伸ばしても届かないほどの距離に、縦書きのメッセージが出現した。
文字はまるで活版印刷のように凹んでいて、くっきり黒黒と目に焼きついた。
一文字の大きさは15センチ四方もあっただろう。
ほんの2、3秒間で消えてしまったが、消える前に読みきることができた。
僕はどうしても続きが気になり、立ち止まって次の文節が現れるのを待ち構えた。
「佳也、あなたのことよ」
美莉に腕を引っ張られて、僕は体の向きを変えさせられた。
頭の中が消えたばかりのメッセージで占められていたので、一瞬、背筋が凍った。
妻の呼びかけが、「バケモノ ハ オマエ ノ コト」と変換され、胸に刻まれたからだ。
「僕が、バケモノだって言うのか」
「なに言ってるの。佳也が急に立ち止まるから、転びそうになったじゃない」
美梨は顎を僕に向けて、首を伸ばした。
「あなたのことを聞いているの。私の話をちゃんと聞いてるのって、聞いてるの」
僕の注意が自分に向いていなかったので、拗ねているようだった。
「そうだな、悪いのは僕だな。それよりも気になることがあるんで、待ってくれ」
美莉の目が吊り上った。
僕の胸に、「あとが大変だぞ」と、早くも後悔がちらついた。
「待つつもり、ありません。妻が優先でしょ」
美莉の怒声から顔をそむけるようにして、先ほど文字が現れた場所に目を向けた。
―― キヲツケロ ――
空中のメッセージは一瞬で消えたが、かろうじて読むことができた。
妻とのやり取りの間に、どうやら僕は大事な部分を読み損ねたようだった。
読み取れた、「バケモノ ハ オマエ ノ …… キヲツケロ」という文は、意味を成さないからだ。
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