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うーん、しかし。
帰り道、武人は考えた。
やっぱなー、なんかすっきりしねェよなー。
大切な人間に、告げていない事実がある、と、云うのはとてもうしろめたい。
「どしたー? 武人。うんこでもしたい?」
ノートを貸してくれて、そのお礼のアイスを口にした級友が訊く。
「それとも、奮発してハーゲンのがよかったとか?」
「俺、駄菓子喰いのチョコミン党だからこれでいいんだよ」
チョコミントアイスをひとくち、かし、と、やって武人。
うん、うまい。
今ごろ、睦月は女の子に絵を見せてる。
女子がどんだけスカートを短くしようと、髪を染めようと、リップ変えようと、コロン変えようとネイルしようと、色目使おうとも睦月が一ミリもなびかないのはわかりきっている。
その心配をしているわけじゃないのだけど、んー、なんだかね。
ほれ、肉食系女子、つー言葉があんじゃん。
対して、草食系男子、とかさ。
睦月は。
そうだ。
睦月は。
「うォーい、武人、溶けてる溶けてる」
「うわ、っだ!」
我に返った武人は、溶けて手にかかっていたアイスをなめた。
友人はなんかニヨニヨしている。
「エロいことですか、旦那」
今の数分、呆けていた武人のことを言っているのだ。
高校生だもの男の子だもの盛りのつく季節だもの。
武人様はどんなレベルのエロい妄想を?
武人は頭を小突かれ、小突きかえし、友人が、しし、と笑う。
「あー、っとに! 睦月っていいよなー。芸術家、て俺、軽い性癖でイヤイヤウフンなことばっかしてるんだろ、て、思ってたけど、まんまだもん」
「睦月は違うぜ? あいつ、好きな特定居ンもん」
「え、どいつ?」
「とりまきの尻軽女子じゃねーことは確か」
「はん。ま、いーさ」
級友の、武人を見る目がなんか違う。
やべ、こいつ勘いいし気づかれた?
アイスに免じて黙っときますよ、旦那。
友人は目ではそう語り、口では夏休みに何をして遊ぶかを語った。
初夏でいい加減暑くもなりもうしているとゆうに、背すじの冷えるこったらない。
しかし本心を隠して、ふたりは夏休みの遊び、プールやキャンプや花火にお祭りのことを語りあって道を行き、駅で他校の友達と合流すると、カラオケボックスへ突撃した。
さて、睦月。
うわっついた評価ばかりで、あーあ、と思われているかもしれないがその外見を見よ。
髪を亜麻色と云う淡色に染めて伸ばしているヤンチャ以外、おっとりとおとなしそうに、まなざしがおだやかでやわらかい雰囲気を持った少年だ。
性格も素朴でやさしい。
そう、睦月は女ったらしじゃない。
本当に誤解が多いが、それは睦月の性格が女子寄りにやさしくて、女子達も無意識のうちに睦月を同類と感じて近いおつきあいを望んでしまうだけだ。
そんな少年の作風。
女子生徒五人は感動のあまり涙目になっていた。
狼の気高さ、孤独、自然の中で強く生きる命の儚さ。
それを囲んだ色とりどりのやさしい花の色。
たっといこと。
すべてが、すべては、世界は美しく綺麗なことを感じさせるこの、絵。
誰も何も言わない。
このくらいの少女の感嘆詞の代表「ヤバい」と云う、なってない感想をもらす不届きな幼さすら影を潜めさせた。
睦月の絵は。
やがて女子達は、背後に居た睦月に向き直るとわァわァ感動を伝えた。
「やっぱすごいね!」
「もう完成近いんだよね」
「いいじゃん、賞出すんデショ? 大丈夫だよ!」
ハンカチを握りしめ、涙ほろほろに女子達は訴える。
「ありがとう。いつもだけど、前向きになれる感想感謝してるんだよ。俺、自己評価高くないタチだから、すっごい励みになるんだ。嬉しい」
そう言って小首をかしげて微笑む。
あああああ。
女子達は高まった。
「ね、睦月くんこのあと予定ある?」
昼休みに声をかけて来た女子、このなかではリーダー格の女の子が訊いた。
「ん、なに?」
「ドーナツ行こうよ。私今月は余裕あるんだ」
「私も! タピオカドリンクおごっちゃう!」
「えー、あたしも行きたい」
「いいよね? 里仲くん」
うなずいた睦月は女子達に囲まれて、ドーナツショップまで移動した。
少しだけ開いていた美術室のドアから、中を、女子達にちやほやされる睦月を、嫉妬まみれの目で睨んでいた存在に気づくこともなく。
人間生きてたら、無意識のうちにどこで誰にどう恨みを買っているかわからない。
本人はいたって善良なつもりで生きていても、その纏う空気だけでも嫌う誰かは居るかもしれない。
たしか、某剣客漫画の主人公が言っていたこんな台詞がある。
本当に一切の恨みなく生きたかったら、道ばたで屁もこけない。
だよね。
こないだだって、駅でスマホの音漏れ注意しただけで線路に突き落とされたお兄さんが居たよね。
おっかねェな。
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