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賢二は怯んだ。ウィリアムの問いには萎縮させる感情があった。
「な、何って……自らは神を信仰し、善行を積んでいるのにそれが報われない悲しさとそんな世界に対する怒りですが」
「違うな」とウィリアムがぴしゃりと言った。その鋭さは鞭のようだった。「君はそんなことは考えなかった」
思わず賢二はたじろいだが、すぐに反撃の体勢を整えた。「考えてますよ」
「いいや、考えてない」とウィリアムはなおも言い切った。「今のケンジの演技に見えるのは『見返してやりたい』というケンジ自身の感情だけだ。さぁ、言え! 君は今度こそ演劇学校の人間たちを見返してやりたいと思って演技をしたのではなかったか?」
今度こそ賢二はショックを受けた。また駄目出しを食らった。いや、今までの中で一番悪いかもしれない。賢二はぎりりと血が出そうになるまで歯軋りして俯いた。負けた。完膚無きまでに叩きのめされた。立ち上がることなどとても不可能に思えた。
どれほどそうしていただろう。やがて肩を叩かれた。顔を上げるとウィリアムが親指で橋を示した。賢治はふらふらとランベス橋の手摺りに腕を乗せて体重を預けた。その隣にウィリアムも同じ姿勢を取る。その姿はまさに気障な男の演技で、自分には出来ないそれだ。賢二は泣きたくなった。ロンドンに来て初めて泣きたいと思った。
ウィリアムが賢二を見た。
「……君は反骨精神が強いし、粘り強い。それは決して悪いことでは無い。加えて才能もあるが、今の段階で躓くと根本から駄目になる。それは忍びない。だから一つ教えよう。演技に行き詰まった時こそケンジの身の回りのことは一切捨てるんだ。君の周りにいる人間たち、家のこと、食事のことは一切考えていけない。ましてや周りの人間たちを見返してやりたいなどとは絶対に考えてはいけない。仮にその見返してやりたいと思った人間が遂に屈したらケンジは何のために演劇をする? もし誰かの為に、と言う誰かが永遠にいなくなってしまったら? その誰かがケンジの演技に理解を示さなくなったら? ぱっ! 終わりだ。ーーーケンジ、演技というのは自分の為に行うものだ。誰かを意識して演技をすることは人の顔色を窺ってものを言うのと一緒だということをよく覚えておくんだ」
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