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「誰かのためではなく、自分の為に演じる……誰かを意識することは人の顔色を窺うことと一緒……」
ウィリアムの言葉を反芻すると、思い出したことがあった。俳優に一生を賭けようと決めた十六歳の秋、学校の文化祭で主役を演じた時ーーー賢二は前田賢二の私生活の一切を考えなかった。どうして忘れていたのだろう。『風と共に去りぬ』をやった時はレット・バトラーの育った背景を研究し、同じ舞台に立っている、登場人物を演じる役者と呼吸を合わせ、そして前田賢二を通して『この男の生き様を見ろ!!』と常に心が叫んでいたではないか。オーディションの時も審査をしていた講師たちのことなど手を叩かれた瞬間頭から消え去ったではないか。なのに今はどうだろう。賢二の個人的感情に左右されて役にのめり込むことを怠ってしまっていた。初対面のウィリアムでさえ一目で見抜いたのだから毎日顔を合わせるジョーンズ講師には一目瞭然だったに違いない。
賢二ははっとウィリアムを見た。ニヤリと歯を見せるように笑んでいる。それを見た瞬間、賢二はいきなり何処かで見たことがあるような既視感を覚えた。何処でだっただろう?
「ウィリアムさん……」と賢二はウィリアムと向き合った。「もう一回やっても良いですか」
「……良いとも」
賢二は道の真ん中に立つと、踵を上げて足下に全体重をかける。そうすることで上半身は力が抜けて身軽になる。拳を握る、目を閉じる。目の前が真っ暗になる代わりにぼう……と人型の灯籠が灯る。男が子どもの遺影をかき抱いて泣いている。銃乱射事件の遺族たちが敗訴し、犯人が極刑に処されなかった直後のシーンだ。男は絶望している。神は残酷だ。神は男から大切なものを次々と、不当な手段で奪って行くのにそいつらは誰として神への裁きが下りない。彼らは下品に笑って意気揚々と裁判所を後にする。これ程理不尽なことがあるか? 何故わたしばかりがこんな目に遭う? 神にはわたしたちの姿が見えないのか? 声が聞こえないのか? ……それなら天に叫べば神に届くのではないか? 身体が湯が沸騰するようにぶるぶると震える。喉から声では無い何かが飛び出そうとしている。口が開く。飛び出したのは獣のような、言語化できないような叫び声だったが、その声には感情があり、慟哭だった。
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