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『わたしが何をした!? わたしたちが何をした!?』と絶叫した。『ただ人を愛し、社会に貢献し、神に祈りながら善良に生きているのに、神よ! 何故こうも全てを奪われるのですか!?』
賢二の頭の中に鐘ががんがんと鳴り響いた。ロンドン中に響き渡るビッグベンの鐘の音は神からの託宣のように思えた。無慈悲な世界から脱却せよ、信仰を捨てる前に神の子の懐に飛び込め、然すれば男も先に死んだ妻子たちも永遠に救われると言う。
賢二は欄干の方を救いを求める様に振り返った。
『神よ! わたしは貴方に全てを委ねます。……ですが、わたしの願いをお聴きください! 今の世界を滅ぼし、新しい世界を創造せんことを!! 正しく栄誉を讃えられ、正しく罰せられる世界を!! ……神よ、今そちらに参ります。』とそこで賢二は振り向いた。『この世界は間違いに満ち満ちた哀れな世界だ。去りゆくわたしから遺されるお前たちに餞別の言葉をかけてやろう。……かける言葉はただ一つ……呪われろ!!』
賢二はとどめの一言をさすと拍手を尻目に橋の欄干に正面衝突する様に駆け出した。そこに足をかけた瞬間、「おいケンジ!?」とウィリアムの絶句、誰かの悲鳴、ジョーンズ講師の「ケンジ! 早まらないで!!」と大勢の声がごちゃ混ぜに耳に入ってきた。ええい、うるさいな! まだ演技は終わってはいないんだ。最後は投身自殺を遂げるんだからその通りにさせろ!
賢二は絶叫した。「離せええええええええええ!!!!!!」
気がついたら警察署だった。厳つい警察官二人にこっ酷く叱られ、慰められ、賢二はとんでもないことをしでかしたと警官二人と羽交い締めして止めたジョーンズ講師と候補生のジョージに平謝りした。二人とも賢二があまりにも行き詰まっていたことを知っていたので本気で自殺すると思ったと言う。
「だけどケンジ、最後以外は本当に素晴らしかった! 明日以後、あの演技を見せて頂戴!」
賢二の息が止まった。初めてジョーンズ講師に褒められた。俯いて「はい」としかいえなかった賢二の背中をジョージがバンバンと叩いた。その痛みは高校の文化祭で『風と共に去りぬ』が大成功に終わり、男子生徒全員に叩かれた痛みと同じものだった。
「それにしても」と警察署を出ながらジョージがぼやいた。「ケンジ、君ってなかなかクレイジーなんだね。君、一時間もまるで誰かと話しているみたいに独りでぶつぶつ言っていたんだって?」
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