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賢二はジョージを見た。「何言っているんだ。俺はウィリアムという男とずっと一緒だった」
ジョージの表情がますます怪訝なものに変わった。「そっちこそ何言ってるんだ? 俺たちがランベス橋に着いた時周りにはケンジ以外誰も居なかったぞ。だから自殺するんだって思ったんだ」
身体がふらついた。賢二はウィリアムを呼ぼうと横を向いた。いない。それどころか警察署に着いてからウィリアムを見ていないことに気が付いた。混乱した。二時間近くも話をした彼が幽霊だったなんて。道理で橋を渡る人々は気味悪がっていたのかと納得してしまった。誰もウィリアムが見えなかったのだ。
「ケンジ、大丈夫か?」とジョージが聞いた。ジョーンズ講師も心配そうに賢二を見ている。賢二は短い返事を一つして今日の礼と別れを告げてランベス橋を渡った。そこにもウィリアムの姿はない。ふと見るとエリザベス・タワーが真っ赤な夕焼けを背負っている。緋色のような真っ赤。その西陽を見た瞬間、賢二はウィリアムの正体が分かってしまった。"damn"が懐かしいと言った理由も人を丸裸にするような眼だと思った理由もあのニヒルな笑みもあの既視感も。彼のことなら公私共に知り尽くしていた。賢二はあまりの幸運に咽び泣いた。神か奇跡の気まぐれが絶対に巡り合わない二人を引き合わせたのだ。
賢二は涙を拭きながらビッグベンを見た。あの西陽の向こうにはアメリカが、そして彼が活躍したハリウッドが在る。そう思ったらまた叫びたくなった。もう天に行ってしまったのなら、自分の声は届くだろうか。賢二は息を吸い込んだ。
「いつか俺も! 絶対に!! そっちに行きますから!!」
今度の叫び声はぷつんと途切れることなく、長く尾を引いて鐘と一緒に夕焼けの中、西の空に吸い込まれていった。
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