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暮れなずむ街角。
いつの間にか年老いた初枝はとぼとぼと自宅への道を歩いていた。手には一人の食卓のため、近所の総菜屋で買い求めたごく僅かな総菜の入った袋を下げていた。
「お母さん!!」
突然背後から呼びかけられた声に、初枝はハッとして振り返った。
視線の先に立つのは、金髪をただ短くすればいいという風に、ざっくばらんに切ったような髪をした青年だった。会った事もないはずの青年。しかし、彼は自分のことを母と呼んだ。
初枝はしげしげと彼の顔や姿を見つめ、そして気付いた。
咄嗟に彼女は鞄からいつも持ち歩いている写真を取り出した。
草臥れ具合や、あちこち入った折り目や傷が、その写真が長い時を彼女の持ち物として過ごしてきたことを感じさせた。その写真に写っているのは、幼い男児。初枝は目の前の青年と、その写真を何度も交互に見た。それはまるで自分の記憶の中で、写真の男児を一生懸命成長させようとしているようであった。
優しい目元、少し長い手の指、笑った時にできるえくぼ。
初枝の中に込み上げて来る気持ちは、積み重なった長い時という名の堤防を突き崩し、初枝の両眼から涙を溢れさせた。
「亮平……亮平なの?」
「そうだよ、お母さん。僕、亮平だよ」
震える声で尋ねる初枝の声を聴き、亮平の目にも涙が浮かび上がった。
「あなた……本当に亮平なの……?」
「そ……そうだよ、お母さん」
「写真とはずいぶん違ってしまったけれど、あなた亮平なのね!!」
「うん、そうだよってば!! 僕、亮平だよ!! お母さん!!」
亮平の言葉は激しく初枝の胸を打った。
分かれる間際、舌足らずな口調で繰り返し言った言葉。お母さん。その響きは、何年もたった今でも、初枝の耳にしっかりと残っていた。
「亮平!!」
手を差し伸べ、引き寄せられるように数歩、初枝は前に進み出た。
亮平もまた、満面の笑みで腕を広げ、初枝に呼び掛けた。
「おきゃあしゃみゅっ!!」
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