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彼の学生時代の友人の集まりに私もお呼ばれして食事をすることになったの。当然おめかしして行ったわ、誰に紹介しても恥ずかしくない恋人だって思われたいものね。始めはすごく楽しかったのよ、彼もみんなに自慢の恋人さって紹介してくれたし、みんなとてもいい人たちで類は友を呼ぶとはまさにこのことだと思ったわ。いい人の周りにはいい人が集まるものですものね。
でも食事が進むにつれ次第にお酒の量も増えていって彼の学生時代の昔話に花が咲いたわ。当然私は当時の話に乗り切れない部分はあったのだけれどどれも彼から伝え聞いていたお話ばかりでまるでそこに居たかのように話に参加することはできたわ。でも一人の女の子、彼の後輩にあたる子が不意に
「それにしても先輩こんな美人な彼女さん作るなんて本当にちゃっかりしてるんですから。まさか今の彼女さんにも必ずお風呂上りに耳かきせがんでるんじゃないでしょうね。」
と言ったの。
彼は照れ臭そうに彼女を肘で小突き周りもやいのやいのと囃し立ていたわ。私だけ何のことか分からずに愛想笑いを浮かべるしかできなかったわ。後になって聞いたのだけれど、彼女は学生時代の恋人だったみたいで彼は付き合っている当時よく耳かきをせがんだことは当時よくからかわれていて鉄板ネタらしかったわ。
宴もたけなわ食事を終えて二人きりで家路についたときに
「昔の恋人ってことを黙って君を連れ出して気を悪くしていないかい?」
と私を気にかけてくれていた様子だったわ。無論私は
「気にしていないわ、だって昔のことだもん」
と笑って見せてはみたけれど本当のところショックを隠せなかったわ。食事会に昔の恋人がいた事やその子と仲良くお話している彼を見て嫉妬したとかそんなことじゃないの。そんなことは詮無きことよ。
ただ、昔の恋人しか知らない彼が居ることに私はとても気がかりだったわ。
私には一度だって耳かきをせがんだことがないのはどうして?
私の耳かきではあなたの耳垢を綺麗に取り除けるかどうか不安なの?
彼女には許したけれど私はあなたの耳の穴を任せるだけの信頼はないの?
他にも彼女だけのあなたが居るの?
他の女しか知らないあなたがもっともっといるんじゃないの?
だからその日から私は必死になって彼についてもっともっと知ろうと努めたわ。
彼は必ず左の靴から履く
彼は帰宅したらすぐに体を流したい
彼は道の話と政治の話は好きじゃない
彼は寝る前にいっぱいホットミルクを飲む
彼は目覚ましのアラームを10分おきに掛ける
私は一週彼の行動を事細かく観察して気づいたことを書き起こしてみたけれど、この程度のこときっと昔の恋人だって、いいえもしかしたら彼の友人だって知っているに違いない。
これではだめよ、私にしか知らない彼を見つけないと・・・
彼のつむじにはちょこんと小さなほくろがある
彼の下の右奥歯には詰め物がしてあり硬いものは左側で食べる
彼は鼻をかんだあとちらっとティッシュの中を見る癖がある
彼は最近私が視線を送っているとバツが悪そうにするようになった
彼は私と話すときに目を逸らすことが多くなった
彼の帰宅時間が以前よりずっと遅くなった
彼を毎日、それこそ穴が開くほど見つめていたある日、彼から距離を置きたいと言われてしまったの。私は最初彼が何を言っているのか分からなかったわ。だって私は彼を理解しようと毎日必死になって彼の一挙手一投足を観察して私しか知らない彼を見つけるために彼と一緒に居るときは一瞬だって目を離さなかったのよ。愛する人のことを誰よりも知りたいって思うことは当然でしょ。彼に理由を問いただすと最近私の目が怖くて一緒にいると息がつまりそうだなんていうの。彼は気が変になってしまったわ、もしかしたら仕事がうまくいっていなくて少し精神的に不安定になっているだけかもしれないわ。そんなことでもなければこんなにも心が通じ合って理解し合っている私と距離を置きたいなんていうはずないもの。
ああそうだ、きっと私の努力が足りていないのね私がもっと彼の隅から隅まで理解してあげれば私の想いが伝わるに違いないわ。それから玄関に向かう彼をキッチンで引き留めて抱きしめた。彼は何も言わなくなって私の想いが通じたのか最後は体を全部私に預けてくれたわ。愛する人を思う気持ちがあれば乗り越えられない試練なんてないないのね。素敵なお話でしょ。
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「なるほど、ではその続きを聴かせていただけますか?」
木梨色の狭い取調室でひどく疲れた顔の警部が女性に言った。
「もちろんよおまわりさん、彼の心臓は燃えるようにな真っ赤な色をしていてね、彼の肺は右よりも左の方が少し大きいのびっくりしちゃったわ。肺の大きさって同じじゃないのね。ああそうだわ、彼の直腸のさわりごごちと言ったらまるで鱗をはがした鰻みたいにぬるぬるとしているのよ。んふふ、彼の睾丸は左の方が右よりざらざらしているし、彼の前頭葉は濡れたバスタオルと同じくらいの重さなの、、、彼はね、彼はね・・・」
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