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チェイスは飛んでくるモノに対して背中を向け私を庇い、盾になった。
ゴッ! と鈍い音が聞こえた瞬間、チェイスが
「痛ぇっ!」
「あっ… ごめ~ん。一個見逃しちゃった!」
気の抜ける素っ頓狂なアンジーの声。
インテリアグッズがゴトゴト動く音もラップ音も聞こえない。
奇妙な静けさだ。
「……お前のごめんは誠意が感じられねぇ」
そう言いながらチェイスが私から少し身体を離した。
リアの方を恐る恐る覗いてみると
眩しい光の縄でぐるぐる巻きにされている。
身動きが取れない様だ。
飛んで来たモノは全て私がいる場所よりもはるか手前に
落ちていた。
チェイスが足元に落ちていた小さなビンを拾い上げた。
アロマを焚く時のエッセンシャルオイルの小さなビン。
これがチェイスの頭に当たったんだ。
アンジーが止めきれず見逃したのは…これの様だ。
どうやってこちらに向かって飛んでくるモノを
止めたのか見ていないから、謎だ。
「元特殊部隊のお兄さん、さすがね。
反応が人間離れしてる」
「そりゃどうも」
後にわかった。
飛んでくる花瓶にソファの小さなクッションを命中させて
止めたって。
レイチェル曰く、動体視力が私は常人とは違うって。
特殊部隊の兵士は0.1秒で8桁以上の数字を記憶出来るらしい。
それに大きなモノは飛ぶ速度も遅いから捉えやすいんだって
言ってた。
「アンタ、生前も薬中で頭がおかしかったけど
死んでからも更に狂った魂に成り下がったのね。
この世にいる時間が長ければ長いほど魂は狂っていくのよ」
「母親だよっ、あたしは!ホリー、リアよ、私はママよ」
怯えながらリアが叫んだ。
私の中には彼女が地獄へ落ちればいいとかそんな感情すらなかった。
可哀そうとかそんな憐れみもない。
この人に来世があるとしたら、温かさを感じられるご縁に恵まれますように
それだけを願った。
「ホリーの親は俺だ、お前じゃない」
ドスの利いた声でチェイスがそう言った。
「さっさと…」
アンジーがそう言いかけて再び手をリアにかざした瞬間
リビングの照明が突然消え、真冬の様な気温になった。
吐く息が白くなるほどに。
リアの背後の壁からスゥゥーッとロングフードのローブに身を包んだ
顔のない誰かと死神が現れて、両脇からリアを抱えた。
抵抗して暴れようとするリアはアンジーの光の縄で
身動きが取れない。
地の底から響くような叫びをあげながら彼女の魂は
壁の中に連行され吸い込まれて行った。
パッとリビングの照明が点いた。
感じていた凍える様な寒さも嘘の様。
「お迎えが来て連行されるコースか」
ボソッとアンジーがそう呟いたけど
私たちは映画やドラマの世界でしか見たことがない光景を
目の当たりにして呆然としていた。
「ねぇ、1990年の映画でGhostって
あったでしょ?デ〇・ムーアとパ〇リック・スゥエイジの。
悪人が闇から現れた何者かに連れて行かるシーン、あれね
ホントよ。今、見たでしょ?
視えない世界の事を知ってる人が制作に携わったのかしらね」
ああ知ってる…その映画は配信で見たことがある。
けど、アンジー…怖いこと言わないで。
チェイスが私の顔を覗き込んだ。
「リアがお前の中から出て行って、何か変化は感じるか?」
「なんだか、とても呼吸が楽な気がする。
清々しいっていうのかな」
今度はレイチェルが私を覗き込んで
「ホリーは美人よ、その言葉に抵抗ある?」
「ええっ?! 無理だよ…私は美人だなんて思えない。
無理無理っ」
「はぁ~っ…… リアはラプンツェルの母親を演じていたゴーテルよね。
長年囁かれた呪いの言葉はすぐに打ち消せないか…。
きっと徐々にそれも晴れていくわ、サポートするからね」
アンジーがソファに腰を下ろすとあぐらをかいて
頬杖をつきながら
「さて、と。男性陣それぞれにメッセージを預かって来てるから
伝えるわ。これも役割なの」
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