閉ざされていた過去

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ダイニングテーブルに離れて座った私たち。 デスクトップの画面と資料に目を通しながら 時折、スマホで仕事の話をするレイチェル。 おネェ言葉じゃない。 私と話す時と違って声のトーンも低くて 男性モードに切り替わってる。 リアムほど長くないけれど 肩にかかる絹糸の様なブロンドの髪。 時折、前髪をかきあげながら 仕事に集中しているレイチェルは 皇室の執務をこなしている 王子様みたいに見えてしまった。 だけどチェイスやリアム同様 仕事モードにスイッチが切り替わっている時は 私の知っている彼らとは別人に見えて 近寄りがたい。 とてもじゃないけど話かけられない。 仕事の邪魔だから話しかけるなんて 言語道断だけど。 レイチェルに気を取られてちゃいけない。 私はレポートに集中しよう。  「聞いてる? ランチタイムにしようか?」 レイチェルの声でハッとした。 私もいつの間にか、かなり集中して レポートに取り組んでたらしい。 時計を見ると12:30。 リアムが鍋にスパゲティ用のミートソースを 作ってコンロに置いてくれてる。 これを温めて、茹でたパスタにかければいいだけだ。 細かく切ったベーコンと刻んだタマネギが具の コンソメスープが入った片手鍋も置いてあって 蓋にメモが貼り付けてあった。 ”Eat Me!!” って書いた文字の隣に ドヤ顔マークを描いて。 こういう10代の子みたいな事をするのは チェイスだ。  「ねぇ、このドヤ顔ってBON JOVIの Have A Nice Dayって曲のミュージックビデオに 出て来た顔よね? こういうことをするのは…」 レイチェルとハモッた。  『チェイス!』 思わずフッて笑ってしまう様なさりげない事を するのはチェイス。 33歳には到底見えないのは オチャメなところが大きいのかも。 ちょっとホッとした。 ランチタイムのレイチェルは 私の親しみやすいいつもの彼だ。  「私が憑依されたのを知っているってことは 話を聞いた?」  「聞いたわよ。ホリーが眠っている間に 映像も見せてもらったわ。正体のよくわからない 不思議なものって存在するわ。 兵士だった時にそういうのも遭遇した。 任務中に殉職した仲間の霊も見たしね。」 Navy SEALsの元隊員だったレイチェル。  「昨日、チェイスに初めて聞いた。 レイチェルはNavy SEALsにいたって。 すごい。」 一瞬、レイチェルの瞳が憂いを帯びた様に見えた。  「人を殺すのよ… すごいなんて言わないの。」 微笑んだ彼の悲しげな瞳に胸がズキンと痛んだ。 根掘り葉掘り、不躾な事を聞いて ズカズカ土足で踏み込むようなことは 絶対やっちゃいけないんだ。 方向を変えよう。  「リアムに聞いたんだけどね。 チェイスがレイチェルに手合わせを挑んだら 簡単にねじ伏せられたって。 チェイスの方がレイチェルより大きいのに どうして?」  「あっはっは。 あったわねぇ、そういう事。 恵まれた体躯だから強いってわけじゃないのよ。 私は日本の合気道も習得してるから。 相手のパワーを利用して、合理的な身体の運用で 相手を制す武道なのよね。 あ、でも私は肉弾戦でも 簡単にやられやしないけどね。 チェイスは黒帯でしょ。 極真の黒帯はなかなか取れないんだから たいしたものよ。」 食洗機にランチの食器を片付けていたら インターホンが鳴った。 誰か来たらしい。  「ホリー!出るのちょっと待って。」 レイチェルは唇にルージュをひいて 薄手のカーディガンを肩にかけて 胸元で袖口を結んだ。 男性には絶対見えない…。  「レイチェル、女性にスイッチを切り替えるの?」  「そりゃそうよ。 チェイスとリアムが留守中に大事な娘を 男と留守番させてるのが知れたら 世間はどう見る?」  「え…でも、気心知れた仲なのに。 レイチェルだよ?」  「私たち仲良しなんですぅ…なんて そんなもん世間の知ったこっちゃないのよ。 チェイスとリアムは平気で娘を 男の餌にする人でなしとして レッテルを貼られて、会社もプライベートも ズタボロにされるわ。 チェイスは会社経営が順調で敵も多い。 ないことないことスキャンダラスに話がつくられて 奈落の底へ突き落される。」 恐ろしくて石像化してしまった私に フッと笑いかけたレイチェルは  「そういう可能性もあるから 気を付けなきゃいけないの。 私は雇われた女性の家庭教師ってことにして。 わかった? はい、インターホン越しに相手を確認して 用件を聞いて。」
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