序章 焦がれた別れの記憶

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でもまだ、自分が生きている限り、皆の希望は潰えていない。 そして、たまたま川の奥に目を向けると、一艘の木船が海に向かってゆっくりと流れていくのが見えた。 自分は川に飛び込み、障害物を避けながらその木船に身を乗り出す。少しだけ飲んでしまった川水の味は、とんでもなく生臭かった。 咳き込みながら河原の方を向くと、地を飲み込む大きな炎が、鮮明に自分の目に焼き付き、目が眩んでしまう。 夜空で美しく光っている筈の星空も、炎の発する光や煙によって、今はもう暗い空間と化してしまう。 そして近くに浮いていた木の板を使い、そのまま海の方へ向かって進む。 故郷が遠くなるに連れて、その被害の全容が明らかになる。燃え盛る炎に包まれ、灰になっていく故郷。 その光景を、自分はただじっと見続ける事しかできなかった。それが、自分にできる精一杯の償いでもあった。 分かっている、本当に重要な事は「これから」という事も。でも自分は、この悲惨な光景を目にする事で、自分の逃げ道を自ら塞いだ。 どんなにこの先が、長く険しい道になろうとも、 自分に全てを託してくれた『彼女』の為に 自分と共に戦い続けた『仲間』の為に 自分と共に、故郷で生活してくれた『住民』の為に 自分はただ我武者羅に進まなくてはいけない。自分だって、それくらいの覚悟を持たないと、故郷から離れなかった。 『彼女』は、あの危機的状況の中、自分の迷う背中を押してくれたんだ。 今そう考えると、自分の師匠である『彼女』が、あの状況下でそれほどの行動力がある事に、心底感動する。 『彼女』自身、軽い気持ちや思いつきで行動する事は決してなかった。 でもまさか、『彼女』自身の身も危うい時に、冷静な対応ができるという事は、誰にでもできる事ではない。 同時に、自分がいかに優柔不断で、決断が遅いのかが、この身で理解できた。 これからはもう、迷う時間なんて無い。自分があたふたと迷っている間に、限りある時間は過ぎてしまう。 今でも刻一刻と、『彼女』の負担は増え続けているのだ。 でも、今はただ、ボロボロになった心と体を休ませてあげたい。自分はそのまま仰向けになりながら、乾いた眼球に蓋をした。 騒がしかった先ほどとは違い、細波の音が眠気を誘い、まるでフワフワの毛布の様な、暖かい風が自分に被さる。 でも自分の目蓋からは、抑えきれない涙がいつまでも落ち続けていた。悲しみと後悔に満ちた、冷たい涙。 暖かい風は冷たい涙を拐い、自分の小さな呻き声は、波の音によってかき消される。まるで、自分を慰めてくれている様な・・・。 それでも、閉じた筈の視界から、『彼女』や仲間の顔が消える事はない。 目を開けても、目を閉じても、見慣れていた筈の、あの優しい『彼女』の笑顔。今は、その笑顔が自分の心を締め付けていた。 苦しいわけでもない、寂しいわけでもない、ただただ『恋しい』と思う、ただそれだけ。 自分は体を丸めながら、『彼女』の温もりを思い出していた。
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