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大人になりたい
「ねぇ、辰さん」
「ん?」
「泊まっていってもいいですか?」
鍋にお酒でも入ってたのかと思うくらい、甘えたくなった。多分、この人ならなんでも許してくれそうな気がしてるからだ。辰さんは、皿を洗っていた手を止め、こっちを見て
「ガキは大人しく帰って寝なさい」
そう言って、また皿洗いを続けた。
「やっぱダメかー、俺さ、大人になりたいんですよ」
「なんで?」
「自立したいのもですけど、やっぱり憧れるんです。辰さんを初めて見た時も、あー、かっこいいなって思って」
「俺そんなに大人じゃないよ?」
「大人ですよ、俺も辰さんみたいになりたいんです」
皿洗いを終わったらしく、辰さんがこっちに戻ってきた。ソファーに座っていた俺の横に座る。
「例えば?どんな大人になりたいんだ?」
少し戸惑う。辰さんみたいになりたいって言ったのがそのままの答えだけど、よく考えてみた。
「んー、ブラックコーヒーが飲めたり、ネクタイつけたりとか、メンタルが強かったりとか、そういうなんでもないこともこなせるのすごくかっこいいって思って、俺もそうなりたいなって」
「なるほどね」
「ねぇ、辰さん俺も大人になりたい。」
「そんなに?」
「うん。どうしても。教えてよ、大人になる方法」
「できることならするけど、そんなに簡単じゃないよ?」
「うん、それでも」
「そうか」
「うん」
流れるテレビの声と一緒に独り言のように放った言葉が俺たちを変えていくことになることなんて、この時は思いもしなかった。今日出会って、ここまで自分のことを話せたのはきっと運命だったんじゃないかって今は思う。
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