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御殿の場 栄御前さまのお入り
東北管領の妻で八汐の姉の栄御前が、若君鶴千代君の御機嫌伺いにくるとの知らせを、中臈沖の井が伝え聞いてきた。政岡は悪い予感がして、鶴千代君の遊び相手で御殿に上がっている我が子の千松に、そなたは若君さまの家臣なのですから、何が起きても若君さまをお守りするのです。自分の命に代えてもと諭すと、千松はハイッ!と元気よく応えた。
二日後、栄御前が煌びやかな金襴緞子の打掛を羽織って、仙台城奥御殿に現れた。後ろに五人の腰元を従えて、真っ赤な二重のふきがついている打掛の裾を、静々と引いている。腰元は紺色の着付けで裾引き、黒繻子の立矢の字の左側帯に、黒鞘の懐剣を直挿で手挟んでいる。通常、腰元は御殿内では立矢の字の帯は右上から左下に結ぶ右側帯が普通だ。左上から右下に結ぶ左側帯は、街中で暴漢に襲われた場合、懐剣を抜いて立ち回るために右肩を自由にするためだ。何故左側帯の結びなのか、不気味だ。
栄御前の後ろに妹の八汐が、煌びやかな打掛姿で続いている。静かな御殿の大広間に、青畳と裾引きの音がシュルシュルと響き不気味だ。その後ろに五個の白い饅頭を皿に盛り上げた菓子台を捧げ持った腰元が続いている。奥御殿の大広間に、盛装した鶴千代と乳母政岡、千松と、中臈沖の井が揃って正座して出迎えた。政岡は金襴の打掛、掛下は真っ赤な綸子の衣装、朱色の懐剣袋を帯に手挟んでいる。八汐は、対象的な鮮やかな銀蘭の打掛、白い綸子の掛下姿、帯には着付けと同じ白の懐剣袋が帯に手挟んでいる。衣装の競演の幕が切って落とされた。ずらりと並んだ奥女中の打掛の帯山が見事に膨らんでいる。そして、この場にいる奥女中の懐剣房紐がゆらゆらと揺れている。
政岡、八汐、二人の懐剣がこのあと抜かれることも知らずに。
東北管領の妻である栄御前は、自分の高い身分を象徴する様に、金襴緞子織の鉢巻きをしていた。威厳があり見事だ。打掛や帯、そして懐剣袋に金襴の織物を身に付けるのは常識と云える程、武家の上流階級の婦人達の礼装であるので珍しくはないが、額に巻くのは管領家の奥方さまにのみ許されていた習わしだった。
栄御前が此の鉢巻きをしてきたと云うことは、有無を言わせぬぞ!と云う固い意思を、
賢い政岡は直感、身体が震えた。きた!。悪魔が遂にやってきた、背中がぞくぞくする。
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