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もう帰りたいと思う。切実に、本気で、例え何者かの陰謀によってこの会場が封鎖されようとも私は帰りたい。帰りたい。帰りたい。
大事なことじゃないけれど三回言った。ああ間違えた四回だ。
━━でも元は取らないとオヤジに悪いしなー。
目の前には山盛りの食べモノ。
多分何かの肉と何かの野菜を何かしらの調味料で炒めたと思われる。臭いは確認したから牛肉ではない。
━━すまんオヤジ。出会いなんざ知らんから、今日のこれはお高い飯代だと思って食いまくるわ。
その他、玉子っぽいモノや魚と思われる物体、おそらくキャベツ、いやレタス、分からないのでどちらでもいいがとにかく葉っぱ。
それらも全く一緒の皿に鎮座している。ソース的な汁が中で混じっているけれど、特に問題はない、食える。
━━・・・あー。うざってぇ。
そして、モグモグと食物を頬張る私の隣には男性、だと思われる人間。しかもちょこちょこ喋りかけてくる。
「21でございます」
「職業ですか? 接客業兼、製造業でございます」
「申し訳ありません。連絡先の交換は遠慮させていただきます」
一応質問にはちゃんと答えているが、男性の声や話し方、詳しい内容は頭に入っていない。記憶するだけ無駄。名誉の為に弁解すると、口の中のモノはきちんと飲み込んだ上での言葉。
━━・・・うし。やっと行ったな。飯ぞっこー。
あからさまな営業口調に加え、相手の顔をいっさい見ず、自身は笑いさえもしない。流石にこんな女と話し込む気にはなれぬか、気配と声はすっと華麗に消えた。
━━次誰か来たら、『あちら側のお席に、開業医の娘と記入されたプレートをつけた非常に素敵なお姉様がいらっしゃいましたよ?』とでも言ってやるか。可哀想だし。
乾燥ぎみの葉っぱをモシャモシャと食しつつ、今後の対策をぼんやりと思案する。
━━ぐぁあぁ・・・後何時間あるんだよーこの婚活パーティー。終わるまで居なきゃなんねぇのかおい。こっそり抜けてもいいのか? ああクソ、初めてだから全然分かんないんですけどぉぉ。後何人かわせばいいんだよぉぉぉ。面倒くせぇえコミュニケーション面倒くせぇえ・・・。
あらぶる思考は能面の下に隠しているので、自重はしない。
覚える気がないのに同じようなことを先ほどから何度も繰り返している所為で、話し掛けてきた男性の数を不覚にも数えてしまった。五人だ。帰りたい。
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